2015年12月26日土曜日

ラテアート(デロンギ マグニフィカSで遊んでます)




毎朝、僕はカフェラテを自分で淹れる。
エスプレッソに注ぐその時の「蒸気で暖めたミルクの対流」で模様を描き出す。
これが飽きない。
エスプレッソの下にフォームドミルクを潜らせる、混ぜる、浮かせる、流す、溜める、切る。
ゆっくりと、慎重に、すばやく、一息に。
同じ模様は二度と出来ない。
だから楽しい。






僕はカフェインに弱いせいなのかコーヒーを沢山飲むと頭がぼーっとしてしまうから一度に二杯は飲めない。
もう一杯、もう一回と描き直すことが出来ないのだ。
だから、朝の一杯は自分なりに真剣に淹れる。
うまく描ければその日何か良い事がありそうな気持ちになれるのだ。
マシンはデロンギ マグニフィカS、使用歴は10か月。イタリア製なのに今のところ壊れそうにない。

デュッセルドルフのMr. Dritan Alselaの動画、これを見てラテアートにのめり込んだ。お洒落な映像はおすすめですぞ。
http://dritan-alsela.de/

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光



2015年12月25日金曜日

あの頃。彼女。弁当の味。


昔話をしようとする俺の言葉を遮るように
「今はお互い幸せなんだから、それでいいじゃない。」
と貴女は呟いた。
俺は黙って目を閉じるしかなかった。
(違う。貴方は幸せなんかじゃない。旦那からの束縛も。不自由さも。身なりも。俺なら貴女をこんな風にはしなかった。俺なら。)

いや、分かっているさ、今更どうこう出来る訳ではないってことは。
もうずっと昔に終わったことだ。
つまり、あの時、俺は大切なものを永遠に失ったのだ。

あの頃。
毎日のように貴女が作ってくれた弁当は
いつも卵焼き、細切りにした鶏の皮だけの照り焼き、それにきっと出汁をとった後の昆布の佃煮、そんな質素なおかずだった。
けれど、現在どんなに贅の限りを尽くしたとしても手に入れる事の出来ない幸せの味が弁当箱からは溢れるようだった。
そして、貴女は、ゴトウ花店の薔薇でもティファニーでもなく・・・
野に咲く花に、或は何でもない日常の夕日に感激して、「綺麗!」と輝く笑顔を俺に見せてくれた。
そんな貴方が俺には、ただ眩しかった。
貴女は確かに飾り気もなく質朴だったけれど、だからこそ特別な存在だったんだ。

さようなら。

あの頃の貴女は、あの頃のふたりは、もう何処にもいない。
何を手にしても長くは喜びの続かないこの世界を、俺はこれからも歩いて行く。
貴女との宝石の様に輝く瞬間瞬間の記憶を時々想い出しながら。

今になって、俺は永遠の宝ものを手にしていることに気付くのだ。
それは目には見えないけれど、本当に大切なものっていうのは大抵そんなものだろう。

 


 
 (この物語はフィクションであり実在の人物や団体とは一切関係がありません)