2011年5月31日火曜日

夫婦喧嘩の後には





もし、こんな顔をして、夫婦喧嘩をしてしまったら・・・





















































翌日、男は妻に花を買ってくる。






















































お菓子も買ってくる。










































それに、息子が公園で滑り台で遊びたいといったら、


嫌な顔ひとつせず一緒に遊ぶのだ。




























たとえ、その日が台風であったとしても。
















































「これが家族サービスというものだ。これで、昨日の喧嘩はチャラだ。」
















































そう思っているのは男のほうだけなのかもしれないが


























少なくとも、男の気は晴れるのである。


オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年5月15日日曜日

野蒜

今日は風が強かった。日差しも強い。いつもの散歩道。土手の上の真っ直ぐな土の道を歩く。視線のずうっと先に欅の大木が一本、空に伸びている。新緑が眩しい。散歩道でこの風景が一番気に入っている。今日は向かい風が強く、ザザザー、ザザザーと梢を揺らす風の音がする。若かった頃、深夜ひとりでハワイの波打ち際で聞いた波の音を思い出す。真っ暗な中、ザブーン、ザブーンと左の彼方から順を追って波が砕ける音が近づいてくる・・・そして私の前を越えて、今度は右の彼方へと続いて行く。目を凝らすと砕ける波だけがかすかに白っぽく見えた。私は飽きずにそれが一定の間隔で何度も繰り返されるのを聞いていた。ずっと昔から繰り返され、この先もずっと続いていくのだろうと考えた。
欅の木の上方から、桜吹雪のように何かがくるくると舞いながらこちらへ飛んでくる。拾って見ると、風で千切れた枝葉だ。落ちる先の日当たりの良い土手には野蒜がたくさん伸びている。野蒜を教えてくれたのは植物の写真集などを手掛けていたカメラマン氏だった。ある時、ロケ中に足元のただの雑草にしか見えない葉っぱを抜いて球根を見せ、味噌をつけて食べるのだと教えてくれた。こんな足元に食べられる野草が生えているのか、と驚いたのを思い出す。かじってみたらニンニクの様な味がした。教えてくれたあの時と同じだ。ただ、カメラマン氏は今は居ない。欅の大木を越えあと小一時間も歩けば彼の眠る霊園に着くけれど、膝が少し痛むので今日は止めておこう。ごめんね、川辺さん。欅の大木で折り返すと、鶯の谷渡りの声が聞こえてきた。谷渡りというのだと教えてくれたのは亡くなった祖母だ。ああ、行きには気がつかなかったけれど桑の実がもういっぱい成っているんだなあ。紫陽花の花も。無花果も。どれも未だ緑色をしているから分からなかった。暫くするとまた梅雨の季節がやってきて一斉に色づくのだろう。季節は廻る。命も巡る。何もかも、あっという間だ。子供の頃は自分の命は永遠に続くような気がしていたけれど。

明日は、また喪服を着なければならない。それにしても、素晴らしい人が早くに亡くなるのは何故なのだろうか。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光