2011年9月28日水曜日
2011年9月27日火曜日
2011年9月24日土曜日
自家製ガナッシュ
混ぜるときはゆっくりと。それを忘れるほど早く食べたかったのだ。断面の気泡がそれを物語っている。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2011年9月17日土曜日
La Maison du Chocolat
私のチョコレートへのクレイジーな嵌りようはこのブログでも過去に紹介しているが、思わぬ急展開を伴い仕事に活かされることとなった。私のコーディネイトする番組にフランスからの素晴らしいお客様を招くことができたのは非常にエキサイティングな出来事だった。
ラ・メゾン・デュ・ショコラのクリエイティブディレクターであるジル・マルシャル氏は大変気さくでユーモアのセンスに溢れた方。同氏をお招きしての収録はこの上なくホットな時間となった。InterFMにはこの1回のオンエアのためだけに異例の番組宣伝もつけていただくことができた。この件は同番組への評価として受け取らせていただいている。また、このような機会をいただいたDeRain様, Gilles MARCHAL様、ラ・メゾン・デュ・ショコラ・ジャポン様、ヴィジョン・エイ様、松屋銀座様に改めて御礼申し上げたい。
*お好きな方は是非番組をチェックしていただきたい。
オンエア日時:2011.9.25, 15:30-15:45
放送局:InterFM
番組名:Rendez-vous chez ReeSya
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2011年6月18日土曜日
バンコク都記
久しぶりにタイ料理をいただいた。吉祥寺で食べようと思って色々検索したら、吉祥寺にはタイ料理屋さんが数多くあるが『アリムタ食堂』というのがずば抜けている、と書いてある。聞いた事ないなあと思いつつ地図を調べてみると、「何だあそこか~。」いつも行くところじゃんか。う~ん、まあいいか・・・というわけで行ってきたのだ。色々食べたがきしめんを炒めた感じの料理だけは美味しかったなあ。しかし、遠くとも六本木の『バンコク』へ行くべきだった。あそこは本物だから。
タイには想い出がある。学生時代の同級生がタイからの帰国子女でその娘のバンコクの自宅にも遊びに行った。門からスイミングプールつきの住居まで曲がりくねった道が続いていて、両側はまあ日本の感覚で言えば延々と芝生が広がっている。その芝生の所々に男達がしゃがみこんで何かをしているのが見えた。ずっと歩いていって何をしているのかが分かった。芝生を床屋さんが使うような小さな鋏でチョキチョキと整えているのだ。私には芝刈り機ではないその小さな鋏が衝撃的に映った。部屋へ通されて冷たいお茶をお手伝いさんが運んできてくれた。同級生は「ありがとう」とも言わない。そして、我々二人の前を通るときにお手伝いさんは膝を擦るようにして横切るのだ。私はその様子を大変気分を悪くして見ていたが、ついに耐え切れず同級生に向かってこう言ったのだ。「あんなことをさせるな。君はそんなに偉いのか。女王にでもなったつもりか。」と。 実は、横浜の貿易商だった私の母方の祖父の家に「おさくさん」というお手伝いさんが居た。おさくさん専用の部屋もあった。彼女は家族の一員ように大切にされていた。決して召使のような扱いはされていなかったのだ。それで、私は余計に頭にきたのであった。
さて、その後、バンコクで同級生のその娘と話しをし、正にカルチャーショックを受けた。私こそ何も分かっていないというのが彼女の言い分だったのだ。もしもお手伝いさんに良かれと思ってフレンドリーに接してしまったら、彼女に間違った習慣を植えつけてしまう。すると、彼女は他所で雇ってもらえなくなりその後の人生において生活できなくなってしまうのだ。また、庭の手入れ用に芝刈り機を買い与えてしまったら仕事がすぐに終わってしまう。今のままの小さな鋏であれば何人もの男たちが仕事として1年中この家の芝だけを整え続けることが出来るのだ。タイの上層の人々はそうした下級階級の多くの人々の生活を支えることに責任を持っており、そうした強い意識を持っているのだ。まだ学生だった私は何も知らなかったのだ。日本人は階級とかクラスについて何も知らない。日本人の誰もが平気でパリのエルメスやシャネルのブティックへ入って行く。私も人のことは言えない。この旅行中、THE ORIENTAL BANGKOKのle Normandieでネクタイを着用していなかった私はこのフレンチレストランが用意しているおのぼりさん用の貸しネクタイのお世話になったのだから。
しかし、この五つ星ホテルの前に陣取っていた屋台の鶏の足先(指)の照り煮は実に美味かったなあ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
タイには想い出がある。学生時代の同級生がタイからの帰国子女でその娘のバンコクの自宅にも遊びに行った。門からスイミングプールつきの住居まで曲がりくねった道が続いていて、両側はまあ日本の感覚で言えば延々と芝生が広がっている。その芝生の所々に男達がしゃがみこんで何かをしているのが見えた。ずっと歩いていって何をしているのかが分かった。芝生を床屋さんが使うような小さな鋏でチョキチョキと整えているのだ。私には芝刈り機ではないその小さな鋏が衝撃的に映った。部屋へ通されて冷たいお茶をお手伝いさんが運んできてくれた。同級生は「ありがとう」とも言わない。そして、我々二人の前を通るときにお手伝いさんは膝を擦るようにして横切るのだ。私はその様子を大変気分を悪くして見ていたが、ついに耐え切れず同級生に向かってこう言ったのだ。「あんなことをさせるな。君はそんなに偉いのか。女王にでもなったつもりか。」と。 実は、横浜の貿易商だった私の母方の祖父の家に「おさくさん」というお手伝いさんが居た。おさくさん専用の部屋もあった。彼女は家族の一員ように大切にされていた。決して召使のような扱いはされていなかったのだ。それで、私は余計に頭にきたのであった。
さて、その後、バンコクで同級生のその娘と話しをし、正にカルチャーショックを受けた。私こそ何も分かっていないというのが彼女の言い分だったのだ。もしもお手伝いさんに良かれと思ってフレンドリーに接してしまったら、彼女に間違った習慣を植えつけてしまう。すると、彼女は他所で雇ってもらえなくなりその後の人生において生活できなくなってしまうのだ。また、庭の手入れ用に芝刈り機を買い与えてしまったら仕事がすぐに終わってしまう。今のままの小さな鋏であれば何人もの男たちが仕事として1年中この家の芝だけを整え続けることが出来るのだ。タイの上層の人々はそうした下級階級の多くの人々の生活を支えることに責任を持っており、そうした強い意識を持っているのだ。まだ学生だった私は何も知らなかったのだ。日本人は階級とかクラスについて何も知らない。日本人の誰もが平気でパリのエルメスやシャネルのブティックへ入って行く。私も人のことは言えない。この旅行中、THE ORIENTAL BANGKOKのle Normandieでネクタイを着用していなかった私はこのフレンチレストランが用意しているおのぼりさん用の貸しネクタイのお世話になったのだから。
しかし、この五つ星ホテルの前に陣取っていた屋台の鶏の足先(指)の照り煮は実に美味かったなあ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2011年6月4日土曜日
コーヒーの淹れ方
ペーパーフィルター、フレンチプレス、スイスゴールドフィルターなどなど。色々試しましたが今はこの方法に落ち着きました。ドリップ式ではこの方法をお勧めします。
ヤフオクで100円で落札させていただいた龍文堂製。鉄瓶で湯を沸かすとまろやかな味になるような気がします。ステンレスケトルほど少しずつ注げないのは残念なところではあります。
綿100%の布を使います。これが重要です。ネルではなく平織りをお勧めします。写真の布は医療用のコットンを丸く切り抜いたものです。ペーパーフィルターは木の匂いがするし、きめが細かすぎる。ネルは使用に煮沸や水に浸したうえでの冷蔵庫保存など手間がかかり過ぎますが、この布ならお湯で手洗いして干すだけです。平織りですからすぐに乾きます。もちろん、ネルで言われるような嫌な匂いは皆無です。
豆はお好みで、ただし、コーヒーを淹れる直前に手で挽きます。自分で生豆からの焙煎もやりましたが、台所が飛び散った薄皮で汚れますのでやめました。手で挽くと、電動機械の高速回転と違い熱が発生しないと言われますが、家に電動機械が無いだけなのです。この儀式が期待を高めるのだと思って頑張って挽きます。挽き立ての良い香りはいつでも幸せな気持ちにさせてくれます。因みに薄皮を取り除く効果はそれほどありません。私は、焙煎後の豆をぺティナイフでひとつひとつ割り、中のシルバースキンをすべて排除したことがありますが、苦労ほどの成果はありませんでした。(シルバースキンだけでお湯を注し、どんな味になるのかもやってみました。)まず、豆抜きでお湯を通します。器具が温まり、コットンも湿らせることができます。カップも温めておきます。次に豆を、湿らせたコットンの中に入れたら、今度はなるべく少しずつ雫を垂らすようなつもり豆全体を湯で濡らします。よく、蒸らしといわれる作業です。(私はこの蒸らしだけを温めた赤ワインでやってみたこともあります。)下からコーヒーの最初の一滴が落ちたらそれ以上は湯を注さず暫く置きます。30秒ほど経ったら、豆より上にはお湯を溜めないつもりで、ゆっくり、じっくりと入れます。一気に入れると何故か渋皮のような匂いばかりがします。ここでは、急いでも得られるものは何一つありません。
さあ、コーヒーが入りました。写真はどちらもデミタスカップです。手描きのアウガルテンの絵付けは明らかに柿右衛門の影響を受けています。アウガルテンは独身時代の妻からのプレゼントですが、今は何故か主に妻が使っています。大倉陶園のカップは結婚祝いに母から(母は祖母から)譲り受けたものです。いずれにしてもたくさんは抽出しないことです。その理由はたっぷり抽出している最中にちょっと別のカップに抽出途中のコーヒーを入れて味見をすればお分かりになるはずです。たっぷり飲みたい時、私は丁寧に入れたコーヒーに沸かしたてのお湯を注しています。と言っても、あまりやらないですが。
表面に浮いた油分。えっ?不味そう?いや、これがコクと旨味には必要なのです。ペーパーではこれが出せません。エスプレッソではこれが100%味わえます。ですから、どんな入れ方をしたところでドリップは、正直、エスプレッソには敵いません。
コーヒーを注ぎ終わったポットの底にはこれ位(もやもやと)コーヒーの微粒子が残ります。決してざらざらとはしません。巷ではスイス製のゴールドフィルターの評価はすこぶる高いですが、私にはざらついた口当たりがとても耐えられません。 紙は臭う。ネルは手間がかかる。フレンチプレスは論外。紅茶ならまだしも、あれをコーヒー器具として売るのはいかがなものかと。ゴールドフィルターもざらつく。どの方法にも欠点があるのです。一方、平織りのコットンは、油分やコクが充分残り、まろやかで深い味わいのコーヒーを引き出します。ドリップでしたらこれが私の一番のお勧めの方法です。
豆にもいろいろあり、ほとんど試しましたが、正真正銘本物のコピルアク があるのなら是非一度飲んでみたいですね。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2010年9月22日水曜日
ウズラ
今日は結婚記念日。忘れられるはずがないのだ。結婚指輪に日付がしっかりと刻印されてしまっているのだから。本日は早退。フランス産のウズラ、アンスリウム、バゲット、ピエールエルメのドゥーミルフィーユを買って帰る。
ルクルーゼと上火しか使えないデロンギでワイン煮込みを作った。
それにしても、いやあ、もう8年にもなるのか。
本日の体重、58.5キロ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2010年9月5日日曜日
握り寿司
2010年7月11日日曜日
山桃とオニアサリ

今朝のランニングの折に、山桃の実を採ってきました。早速ジャムにして朝食のメニューに。独特の香りが好きです。
朝食はフレンチトースト、サラダ、オレンジジュース、山桃ジャム入りのヨーグルト、コーヒーフラペチーノ、さくらんぼでした。この季節、近くの散歩道や空き地でこの季節ならではの味覚を楽しむことができました。木の芽、竹の子、グミ、桑の実、梅、花の蜜・・・。キノコに詳しかったらこれからの季節、楽しそうですね。午前中は息子とサッカーと野球をして、昼食はそうめん(たっぷりの茗荷・大葉・葱・海苔)と茹でたてのトウモロコシ。「夏」を実感しました。午後は息子と将棋。私はつい三日程前に5歳の息子に教えられ始めました。手加減無しで私が負けることもあり、私にとって息子は手ごわい相手なのです。本気でやりますから、大人気ないですが勝って嬉しいですし、負けたら負けたでこれもまた嬉しい。私が完敗した時のほうがずっと嬉しいですね。息子は単純には攻めてきません。何重にもわなを仕掛け、何手も先まで考えているのが分かります。(文章が親ばかになってきましたのでこの辺でやめておきましょう。)
夕食は5月に神奈川県の磯で自ら採ったオニアサリを解凍して作ったスパゲッティーニ・ボンゴレ、蛸のサラダ、メロン。
この場所が私のお気に入りの天然潮干狩りポイントです。今年は妹の家族と出掛け、オニアサリ、アサリ、蛸貝の他に、めかぶやウニ、さざえも採ることができました。本日の体重、58.5キロ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2010年5月30日日曜日
ドイツ産ホワイトアスパラ
写真のアスパラガスは、塩とバターと少量の砂糖を入れた湯で茹でただけです。一緒に茹でると香りが立つというピーラーで剥いた皮も、うちではもったいないので食べちゃいます。最近では、日本のスーパーにも国産のホワイトアスパラが並ぶようになって来ましたよね。でも、ドイツのは種類が違うのではないかと思うほど太いです。この三日ほど前に食べた国産ホワイトアスパラガスの時はニンニクとオリーブオイルで香りをつけたマヨネーズをかけて食べましたが、今回はアスパラガスそのものの香りが良いのでこのまま頂きました。とろりとして美味しい。ドイツではこの香りをもって春の到来を喜ぶのだといいます。日本で言えばタケノコの感覚でしょうか。 (下の写真は息子と採ってきたタケノコとベランダの山椒を入れた筍ご飯)
生前、父がホワイトアスパラの缶詰が好物だったことを想い出します。父は缶切で蓋を開けると、まず、中の汁をグラスにあけ飲み干すのです。私にはそれがどうもお行儀が悪いように思え、また、何故だか身体に悪いように感じられました。父が亡くなった後、一人暮らしをしていた部屋を掃除しているとアスパラの缶詰が出てきました。しばらく後、父を偲び、私たちはその缶詰を開け、父がしていたように汁を飲み、やはり部屋に残されていたシーバスリーガルと一緒にホワイトアスパラを食べました。静かで、懐かしく、悲しく、それは現実ではないような奇妙な時間でした。
父は大学時代を英国で過ごしました。ホワイトアスパラガスの缶詰が好きだったのは、その時の経験によるものだったに違いありません。ヨーロッパ産フレッシュホワイトアスパラガスを茹でて食べた経験から、「実はアスパラそのものよりも香り高い茹で汁(スープ)が感動的に美味い」という事を知っていたのです。父は行儀が悪かっただけではなかったのです。アスパラの缶詰のジュースを飲むことでその先に見えてくる青春の日々を懐かしんでいたのでしょう。私がそのことに気付いたのは、私が初めてドイツ産のフレッシュホワイトアスパラを食べた去年、それは父が亡くなってから8年も後のことでした。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2010年5月13日木曜日
恩人の訃報
今日の出来事です。電話口でその女性は「言いにくいのだけれど」と前置きをしてから私の恩人の名前を口にした。まさか、どうして、という想い、そして後悔。ずっと気になっていたのにどうしてこちらから連絡しなかったのだろう。くそっ、どうして。
私が最初の広告代理店に就職し、始めてのクライアントとなっていただけたのがその方の経営する美術画廊だった。出会って間もない頃、その方が霞会館で昼食をご馳走してくださった。社会人になりたてで世間知らずの私はそこがどのような場所かも全く分からなかった。「かぞく会館」って家族全員が会員になっているってことかな?という感じであった。それどころか、「食前酒はいかがしますか?」とソムリエに聞かれ、ドギマギし、こういうときは何か頼まなくてはいけないものだと勘違いした私は「では、シェリー酒を。」と格好つけて答えたのだ。その方は特に気にも留めていないだろうけれども、今でも「小僧の分際で、あの時は失敗したなあ。」とよく思い返す。
私はその方の雰囲気がとても好きだった。ハンサムでお洒落で格好良いのだがこれ見よがしでなく静かで品があった。駆け引きが無く、信頼してくれ、何でも相談してくれた。私も「この人のために!」という想いで仕事をした。私はその方から多くを教わり、そして随分助けていただいた。
先方の社員の間ではその方のことを「殿」と称した。私はよくある社長に対するニックネームかと思い、気にしなかったのだが、その方がある戦国武将の家系の13代当主だったということを後に知ることとなった。なるほど、滲み出るようなあの雰囲気の理由に合点がいったのを想い出す。我が家には戦国武将たちの兜24個がガラスケースに入った古い5月の飾りがあるのだが、例年一番真ん中の良い場所にその方の家系の兜を据える。つい一週間前にも息子にその兜の話を聞かせたばかりなのだ。
結局、その方の美術画廊がオープンしたときから残念ながらクローズするまで仕事のお付き合いは継続した。途中、私の結婚式にも出席いただきスピーチも引き受けてくださった。正直言うと、スピーチの内容は最初の少しだけしか耳に入ってこなかった。後はその方が私などのためにスピーチしてくれているという風景がまるで夢を見ているようで、また、その方が少々健康を害されているのにそれを押してお話いただいているという状況に涙が出そうになるのを抑えるので精一杯だったのだ。
ある時、こんなこともあった。私は一大決心をしてご夫妻をおひょいさんのワインバーにご招待したのだ。妻と4人でテーブルに着き、私はビンテージワイン用のデカンタージュクレードル(ボトルを蝋燭で透かして澱を見ながらハンドルを回すとボトルがゆっくりゆっくりと傾きワインが注げる装置)というものをプレゼントさせていただいた。私は相応のワインを注文しようとしたのだけれど、その方は結局そのお店で最もリーズナブルなハウスワインの白と赤以外は頑として受け付けなかった。澱などあろうはずもないその真新しいボトルに、件の装置の出る幕もなかったのだが、その方はめいっぱい無理をしていた私にお気遣いなさったのだ。そういう方なのだ。ますます私は魅せられてしまうのだった。
来月、その方のお別れ会が旧華族会館「霞会館」で開かれる。そこへ行ったら、窓際のあの席で「ああ、古荘さんお久しぶりですね。」と静かで優しい声をきかせてくれる…今は、まだ、そんな気がしてしまうのだ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
私が最初の広告代理店に就職し、始めてのクライアントとなっていただけたのがその方の経営する美術画廊だった。出会って間もない頃、その方が霞会館で昼食をご馳走してくださった。社会人になりたてで世間知らずの私はそこがどのような場所かも全く分からなかった。「かぞく会館」って家族全員が会員になっているってことかな?という感じであった。それどころか、「食前酒はいかがしますか?」とソムリエに聞かれ、ドギマギし、こういうときは何か頼まなくてはいけないものだと勘違いした私は「では、シェリー酒を。」と格好つけて答えたのだ。その方は特に気にも留めていないだろうけれども、今でも「小僧の分際で、あの時は失敗したなあ。」とよく思い返す。
私はその方の雰囲気がとても好きだった。ハンサムでお洒落で格好良いのだがこれ見よがしでなく静かで品があった。駆け引きが無く、信頼してくれ、何でも相談してくれた。私も「この人のために!」という想いで仕事をした。私はその方から多くを教わり、そして随分助けていただいた。
先方の社員の間ではその方のことを「殿」と称した。私はよくある社長に対するニックネームかと思い、気にしなかったのだが、その方がある戦国武将の家系の13代当主だったということを後に知ることとなった。なるほど、滲み出るようなあの雰囲気の理由に合点がいったのを想い出す。我が家には戦国武将たちの兜24個がガラスケースに入った古い5月の飾りがあるのだが、例年一番真ん中の良い場所にその方の家系の兜を据える。つい一週間前にも息子にその兜の話を聞かせたばかりなのだ。
結局、その方の美術画廊がオープンしたときから残念ながらクローズするまで仕事のお付き合いは継続した。途中、私の結婚式にも出席いただきスピーチも引き受けてくださった。正直言うと、スピーチの内容は最初の少しだけしか耳に入ってこなかった。後はその方が私などのためにスピーチしてくれているという風景がまるで夢を見ているようで、また、その方が少々健康を害されているのにそれを押してお話いただいているという状況に涙が出そうになるのを抑えるので精一杯だったのだ。
ある時、こんなこともあった。私は一大決心をしてご夫妻をおひょいさんのワインバーにご招待したのだ。妻と4人でテーブルに着き、私はビンテージワイン用のデカンタージュクレードル(ボトルを蝋燭で透かして澱を見ながらハンドルを回すとボトルがゆっくりゆっくりと傾きワインが注げる装置)というものをプレゼントさせていただいた。私は相応のワインを注文しようとしたのだけれど、その方は結局そのお店で最もリーズナブルなハウスワインの白と赤以外は頑として受け付けなかった。澱などあろうはずもないその真新しいボトルに、件の装置の出る幕もなかったのだが、その方はめいっぱい無理をしていた私にお気遣いなさったのだ。そういう方なのだ。ますます私は魅せられてしまうのだった。
来月、その方のお別れ会が旧華族会館「霞会館」で開かれる。そこへ行ったら、窓際のあの席で「ああ、古荘さんお久しぶりですね。」と静かで優しい声をきかせてくれる…今は、まだ、そんな気がしてしまうのだ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2010年4月20日火曜日
サービス料 ロオジエ
義母の70歳のお誕生祝いを銀座の三ツ星レストランでしました。生憎の雨の中、慌てて持ち出したよれよれの折りたたみの傘でレストランのエントランスへ。「すみません。こんな傘で・・・。」と濡れた傘を入り口で預けました。「いえ結構ですよ。」と恰幅の良い紳士はにこやかに受け取ってくれました。私がトイレに入っている間、そのすぐ外で紳士は義母への花束を持って待っていてくれました。義母と妻が先に着席しているフロアでは、お客の数よりも多いスタッフが仕事をしています。経験の浅いスタッフとよく知っているスタッフの動きや目線には明らかな違いがありますが、皆さん緊張感を持って仕事に集中しているのがわかります。私が義母に挨拶を済ませた頃を見計らって先の紳士が私に花束を渡すそのタイミングは完璧でした。料理のほうはジャックボリーさんにはまだ敵わないですが、私の頼んだフォアグラの料理は美味しかったので、マナー違反は承知の上で取り皿をいただきました。だって、そうそう来れる場所ではないですからね!私が取り分けるとフロアスタッフが義母にサーブしてくれました。さて、新任のシェフの実家がパティスリーだということも影響しているのでしょう、デザートには力が入っています。量は料理3、お菓子が7という印象です。お菓子が手を変え品を変え4回も登場したのではないでしょうか。食べ終わってみると、行った事はありませんがデザート食べ放題に行ったような具合でした。食事に満足し螺旋階段を下りると例の紳士が写真を撮ってくれました。ご自身で液晶画面を確認するともう一枚取り直してくれました。紳士にお礼を伝え、クロークへ。そこで渡されたのはまるで新品のように折りたたまれた私の傘。かえって恐縮してしまいました。このレストランのサービス料は12パーセントですがそれ以上のサービスを受けたと感じることができました。広告代理店はサービスに対してお金を頂戴する商売です。媒体料金の15パーセント~20パーセントが利益です。私もこころをこめたサービスでお客様に喜んでいただきたいと考えております。オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2010年1月16日土曜日
生チョコ
1月27日からまた今年もサロンデュショコラが開催されますね。事前のパンフレットの出来はいつもながら感心させられるクオリティーの高さ。しかし、例年、会場はそのイメージにはそぐわない催事場でした。さて、今年はいかがでしょうか。今年の私の注目はショコラトリードゥモナコとデルレイですね。後者のパッケージには本当に驚きました。いくらアントワープのブランドだからってねえ。
さて、家では庶民的に生チョコを作りました。材料は板チョコ4枚(ロッテのガーナ2、森永のミルクチョコレート1、ビターチョコレート1)、中沢のパントリークリーム(乳脂肪30%)100cc、バター(よつ葉有塩)幅3ミリスライス分、自家製果実酒(ソメイヨシノチェリー)大匙2、バーボン(アーリータイムス)大匙2、バンホーテンココア(まぶす)です。2種類のフレーバーの生チョコを作りました。「あ~素人だな。」と思われるようなレシピでしょう?
世界中のクーベルチュールを食べ身体を壊した私が辿り着いたのは日本の板チョコです。この上なく滑らかで安価でいつでも手に入るので好きです。ただし、高級な味はあまりしません。私の考える高級なチョコレート(カカオ)の味とは「酸味」です。初めて私が食べたクーベルチュールはフランスのヴァローナのグアナラでした。その時の印象は衝撃的なもので、ここから私のチョコレート探求が始まったのです。最終的にベネズエラはオクマレ谷のクリオロ品種単一のクーベルチュールを試すまでにいたりましたが、ここでドクターストップがかかりました。世界中のシェフが最後に辿り着くと言われる幻のカカオ、クリオロの特徴は長い余韻とそしてやはり酸味です。私はチョコレートが果実を発酵して出来た食べ物だと言うことに改めて気づかされました。しかし、この酸味、この価値を理解できるのですが果たして私の好みかというとそうではありませんでした。知らない味覚に出会って興奮し熱狂し耽溺し沈没したわけですが気づいたら自分の好みではなかったというわけです。食べ物は舌で味わうものであって頭で味わうものではありません。
私が一番美味しいと思えるショコラ(チョコレート)は、生チョコです。ボンボンショコラも色々食べました。私の本棚にはロバートリンクス氏によるメゾンデュショコラのレシピ集にもありますが、ジャンポールエヴァン氏もまた言うようにコーティングは薄ければ薄いほど美味しいのです。さて、だったらコーティングなど無いほうが良いわけです。鮮度の管理は?最適な温度は?はい、さらに自家製の生チョコでしたらその他様々な問題をクリアできます。コーティングが無い、作ってから4日残ったことは無し(作りたてよりも2日目以降が美味しいです)、冷蔵庫から出した直後でも美味しい(チョコレートは普通はある程度常温に戻してからのほうが美味しい)、フレーバーは自分の思い通りになる。さあ、あなたも生チョコをつくりませんか?一度食べたらもう高級ショコラへの羨望など、きっとどこかへ行ってしまいますよ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2009年12月25日金曜日
ビーフシチューとゼリー寄せ
今夜はクリスマス。我が家ではご馳走第二夜です。自家製の料理やお菓子が並びました。
筋肉を煮込んだビーフシチュー。市販のシチューの素は使っていません。
野菜のゼリー寄せ。ベビーコーンの断面が花のようで可愛らしくできました。
清里マチスのチーズケーキ。パッケージから中身までカマンベールチーズのような姿が楽しい。味は真面目。

清里マチスといえば、以前いただいたこの黄金ロールもご紹介しましょう。まずは色が良いです。オレンジがかったスポンジに驚きます。クリームは生乳の香り高く、スポンジは卵黄の風味が濃厚。これだけ焼きこんでいる(焼き色が強く、表面が硬いです。)ロールケーキは珍しいと思います。清里マチスは最高品質の材料の持ち味をそのまま活かしたお菓子を作っていますよね。沖縄の手作りの塩のような印象。真面目に作ってます。味は自家製のお菓子といった感じで、安心感があります。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
自家製の生チョコ。形は悪いが味は◎。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2009年12月9日水曜日
銀座のクリスマスイルミネーション
この銀座のクリスマスイルミネーションは、フランスのタイヤメーカーが三ツ星に格付けしたレストランのものです。そもそもタイヤメーカーがグルメガイドを作ったのは、自動車による旅行を活性化してタイヤをより消費してもらうためだった訳ですが、日本では飲酒運転など許してもらえないのです。このレストランへ自ら運転した車で乗り付ける人など皆無だろうなあと思います。こちらへ食事に出かけたのはミシュラン東京など無かった頃、8年ほど前でしょうか。店内の螺旋階段を非常に緊張して上ったのを憶えています。それから、知り合いの方がソムリエのN氏に連絡してくださったおかげで大変貴重な貴腐ワインをいただけたことを想い出します。料理にお酒はかかせません。
(そういえば、青山に 『中華料理と美味しいお酒 絲綢路』シルクロードという中華料理店があるのですが、立派なワインセラーを構えておりピータンとポメリーブリュットを合わせたりできる画期的なお店です。私のおすすめは何と言っても水村料理長のナマコの醤油煮です。是非一度お試しあれ。)
さて、銀座の三ツ星レストランの料理の味も素晴らしかったのですが、ある日こちらのシェフであったJ.B.氏がお母様の思い出の料理をNHKで紹介したのです。いかにも美味しそうで早速やってみたのですが、これが実に美味しかったのです。多少私のアレンジも加わっているかもしれませんが、、、。鶏一羽を白ワインに漬け込む。翌日取り出して水気を拭き取ったら塩とバターをたっぷり塗る。ルクルーゼに皮付きジャガイモをごろごろいれて、件の鶏一羽をどかっと載せたらフレッシュハーブを乗せてオーブンへ。フランス料理でも、自宅で食べるのなら、結局、こんな豪快な料理が好きです。皮や軟骨、内臓など、いろいろな部分を切り分けながら様々な味を楽しみます。特にソリレスは格別。後は白ワインと焼きたてのバゲット、冷たいバターがあれば!
今回ご紹介のレストランですが、残念ながら現在はシェフは別の方に変わってしまっております。
本日の体重、57.0キロ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2009年11月21日土曜日
アテスウェイのロールケーキ
このシンプルなロールケーキは超おすすめです。(私のブログは滅多に褒めることがないのですが、本日は褒めますよ~。)しっとりしているのはシロップのせいではありません。生地そのものが違うのです。ぷにゅぷにゅしています。何に喩えるか?広尾のル・スフレには喩えませんよ。それじゃあ、ありきたりでしょう。そう、これは銀座久兵衛の玉子です。すきやばし次郎のではありませんよ。次郎のはサバランですからね。さて、このロールケーキ、カットは300円。ホールは1,600円。どちらにするか悩むところですが、家族3人で一本を大きく切り分けて3分の1ずつ食べたいと思って、本日もホールを購入しました。でも、いざナイフを入れようと思うと2回に分けて食べようと思ってしまうんですよね。で、6分の1ずつ食べました。ケチだからじゃありませんよ。このロールケーキが美味しすぎるからなのです。「一回でおしまい」じゃもったいないと思えるほどね。おかげで、時々バニラの粒のプチプチ感と香りも楽しめるぷにゅぷにゅの生地、たっぷりのシャンティだけでなく、最後の楽しみ、中心のバニラビーンズたっぷりのカスタードクリーム、これらの至福を、明日も堪能できるじゃないですか。
昨夜39度9分まで上がった息子の熱は、本日夕方に平熱近辺まで下がりました。これで大丈夫でしょう。
本日の体重、56.0キロ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2009年11月15日日曜日
Tホテルのバイキング
七五三で明治神宮へ。息子は、記念でいただいた金メダルと画用紙と色鉛筆と定規に大満足でした。その後、明治神宮の駐車場でお着替えして(いえいえ、うちだけでなく、皆さんボンネットの上で裸になってお着替えなさったりしてましたよ。)皇居を望む今年120周年を迎えるTホテルへバイキングの昼食をいただきに向いました。こちらのホテルは日本ではじめてバイキングという食のスタイルを確立したのだそうです。さて、いかがなりますでしょうか。
ただ、Tホテル一階のショップで、同行の義母にお土産のリストウォッチを買うことができ、とても喜んでもらえたのは収穫でした。しかも、この時計、2100円と格安だったのです。 (価格については義母もご存知です。はい。)
本日の体重、56.0キロ。
オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光
2009年11月2日月曜日
多摩湖一周の冒険
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