2023年10月21日土曜日

白楽茶碗『習作 千代の茶盌』

本阿弥光悦の複数の茶碗、とりわけ、国宝『楽焼白片身変茶碗 本阿弥光悦作 銘 不二山』に於いて新たな発見をし、これらを解説するべくA4サイズ12頁の文書にまとめました。『不二山』には、光悦の熱心な信者としての法華宗に対する強い想いと徳川家康との複雑な関係を示唆する中国戦国時代の史実が表現されていると私は考えています。『楽焼白片身変茶碗 本阿弥光悦作 銘 不二山』を所蔵する美術館の学芸員、日本の陶磁器研究家、茶道雑誌や美術雑誌の編集者に配布しました。また、発見の詳細を可視化するために茶碗を焼き、その呼称を古荘洋光作 白楽茶碗『習作 千代の茶盌』としました。

 



 

 



2021年10月21日木曜日

千代の茶碗

自作の赤楽茶碗
 

天正14(1586)年10月13日、『宗易形ノ茶ワン』が『松屋会記』に初めて登場した。『宗易形ノ茶ワン』、つまり、長次郎の手になる利休の理想を形にした『楽茶碗』が初めて茶会にお披露目された日は、僕の誕生日と同じ10月13日なのである。長次郎の焼いた楽茶碗に魅了され、2002年に始めた僕の陶芸だが、気がつけば、およそ20年間、運命めいたものを感じながら長次郎の茶碗の謎に挑み続けている。長次郎の赤楽茶碗『無一物』、同じく黒楽茶碗『あやめ』と『ムキ栗』。現在は僕がもっとも惹かれるこの三碗の再現に取り組んでいる最中だ。土と造形と釉薬の調合、そして、焼成の謎を解き明かしたい。その上で、自身オリジナルの楽茶碗を世に問いたい。果たして「この一碗。」と胸を張れる日は訪れるのであろうか。畏れ多くも、僕が目指すものは、僕が滅してなお愛でられ千年残る茶碗、謂うなれば、『千代の茶碗』なのである。

2021年10月21日 古荘洋光

2019年10月16日水曜日

モン様

誕生日に我が家にモン様がやって来た。当日は恒例となった松茸とA5牛のすき焼き。獺祭、石川農園巨峰、シャインマスカット、息子が飾り付けたブラックチェリーのケーキ。バースデイ・ソングを嫌々ながらも歌ってくれた息子よ、サンキュー!


翌日、アイスワインとグレートヴィンテージ2000年のボルドーでモンドール・ヴァシュラン・デュ・テロワール様をお迎えした。うちではモンドールこそチーズの王様、最高峰としており、モンドールをモン様と呼んでいるのだ。



ワインは19年を経てこんな色に。なんと滑らかな口当たり!あとは牛スネ肉とビーツのシチュー、ハンダマとハモンセラーノとイタリアンサラミのサラダ、美味しいパン。結局、うちで食べるのが一番美味いよね。ごちそうさまでした。

オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光

2018年6月16日土曜日

「箱根観光ホテル」のコーンブレッド






コーンブレッドは箱根観光ホテルのに限る。
ブレッドといってもイーストで膨らませるパンじゃなくて、甘くないパウンドケーキのようなもの。ホテルで粉を買ってきて、卵とバターと牛乳を加え自宅のオーブンで焼くのだ。たっぷりのバターとコーンの甘い香りと荒いコーングリッツの歯ざわり。ずっしり重く、表面はサクッと、中はしっとりほろほろの感じが何とも良いのだ。
でも、今では箱根観光ホテルという名前を知らない方も多いことだろう。






箱根には良い思い出も、そうでない思い出もある。
ずっと昔、箱根は大人の避暑地だった。今でも理事長に細川護熙氏がおさまる名門だが、「箱根カントリー倶楽部」が名実ともに日本一のゴルフ場だった頃、そこへ続く一本道に面したイタリ地区に母方の祖父の別荘があった。祖父の家族は全員箱根カントリー倶楽部の会員だった。僕も初めてクラブを握りプロにゴルフを教わったのはここだ。高台に位置する別荘からは、箱根カントリー倶楽部の緑のコースが全て眼下に見下ろせた。そして遠く富士山の頂と箱根外輪山の稜線がぐるりと見渡せた。同じ建物にお住いの評論家の竹村健一さんとビリヤードとか卓球をやったりしていたらしい。子供の頃のことだけどね。

大人になり、母は相続したこの別荘に通えなくなり、僕は物件の売買に立ち会わなければならなかった。簡単な契約を交わしただけで、3代に渡る僕たちの思い出の詰まった別荘は、一級建築士だという男性のものになった。彼が人物として一級かどうかまでは僕にはわからない。ただ、そういう意味も含め、無念だった。






子供の頃、箱根で「何を食べようか?』となると、妹のリクエストは「箱根観光ホテル」のスパゲッティーミートソース。僕の方はいつも、店の名前は覚えていないけれど薄暗い藪に囲まれた日本建築のその店の「雉重」と言っていた。僕にとって雉が食べられるのは箱根でしか出来ない特別な事だと何となく感じていたからだ。
ところが、大人になって「雉を使っていないものに雉という商品名をつけて販売してはならなくなった」というニュースを耳にすることとなった。これは言い換えれば鶏肉を調理して「雉重」としている店もあったということなのだ。う〜ん、僕が有難がって食べていたのは正真正銘の雉だったのだろうか、それとも、ただの鶏肉だったのだろうか?
とは言っても、今でも箱根は野生の雉の生息地だし、それに、子供ながらに高価な食べ物と感じていた記憶もある。おそらく、あれは本物の雉だったと思いたい。


今年、2018年の1月、「パレスホテル箱根」が閉館した。
このホテルの前身こそ、僕が子供だった頃のあの「箱根観光ホテル」だったのだ。
特別な場所がまたひとつ消えてしまった。





オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光











2017年12月8日金曜日

はいチーズ!





昔から写真を撮る時に「はい、チーズ!」と言うじゃないですか?
あれって子供の頃からどうもしっくりこないんですよね。
何でチーズ?日本人ってそんなにチーズって食べるのかな?って。
みんなが思い浮かべるのはどのチーズ?とも気になります。給食で出た四角い銀紙のプロセスチーズ?三角の6Pチーズ?外国の本格的なやつ?まあ、そこにいる全員が同じ種類のチーズを思い浮かべる必要もないんだけどね。
それに、「チー」の時はいい顔だけど「ズ 」の時の顔は写真には不向きでしょ。
もっとも、シャッター切られるまで「ズぅ〜」って渋い顔で待ってる人も居ないかもしれませんね、はい。



『クールドリヨン・カマンベール』(熟成し過ぎでオレンジ色になると別物に変身)、ウォッシュの『ピエダングロア』(うちの定番)、『ブルー・ド・ブルビ・レガリス』(ブルビ=羊乳ね)、ロスチャイルド家の『モー・トリュフ』(黒い層がトリュフ)







ウォッシュの『ポンレヴェック』、頂き物の『ダフィノア・トリュフ』(黒い粒つぶがトリュフ)何て幸せ。ごちそうさまでした!




写真の掛け声のお話でしたね。
私が好きなのは「1+1は?」って、あれね。
あれって何度聞いても慣れずに面白くないですか?
思い出しただけで力が抜けてニヤケてしまいます。




オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光


(ちょっと調べてみたら写真を撮る時の「チーズ!」は元々フランスに存在していたみたいですね。それを日本のチーズ会社がテレビCMに使って広まったとのことです。へぇ〜。)




 
『シロネ』はアミノ酸のシャリシャリ。ピノ・ノワールの絞りかすで磨いた『ヴェリーノワール』は干し海老の香りも。


2017年11月26日日曜日

「黄金の山」という名のチーズ

最近、夕食後にチーズをいただくのが楽しみです。早くチーズが食べたくてつい夕飯をさっさと片付けたい気分になることもあるくらいですが、その原因がこの季節にしか食べられない種類のチーズだったりもします。



 この季節、そう、チーズのモンドール(Mont d'orフランス語で「黄金の山」のこと)が出回る季節なのですよ。



モンドールは9月ごろから出回りますがいよいよ熟成も進みシーズンも本番。


うちではモンドールこそチーズの至高としていて、それこそ「モンドール様」と崇めており、他のチーズとは別格の歓迎ぶり。モンドール様を中心にして、周りで手を繋ぎ輪になって踊れそうです。いつもより大きなグラスでワインを用意。ワインもor(金賞)で。



カットのものを購入したりもしますが、気分が上がるのは木の皮がついた奴ですね。今晩のも木箱入りですが、その中に木の皮で包まれたチーズが収まっているのです。香りが良いですね。




これをメインディッシュの後にレストランで提供するとき、それを横目で見ながらシェフはどんな気持ちなんだろうといつも考えてしまいます。こんな濃密な味を、こんな滑らかな舌触りを、こんなに快感を得られる香りを、メーターを振り切るほどの旨味を、人間がどうやって小細工したって作れないじゃないですか。私だったら嫌だな、つい今しがた自分の提供したクリーム系のソースと比べられそうで。


モンドール様にはフランス産とスイス産があったような気がしますが、それが正しいのか、今晩のはどっちだったのか、今となってはボルドーのせいで良い気持ちになってしまいまして、まあ、美味しければ良いのですよね。





いやあ、美味しかった。
モンドール様の木箱の蓋をそっと閉じて、
残りは、また、次回のお楽しみ。

オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光






後日、今度は箱ごと焼きました。

熱でとろけたモンドールのフォンデュ。








2017年10月14日土曜日

手作りマロングラッセ



マロングラッセを手作りしてみました。
九州の大粒の栗で作ったらどうなるのかなと思いまして。

加糖し煮詰めて4日後、糖分が表面に結晶しました。

一粒ずつタコ糸で縛って、グラッセになるまで4日要しましたが、なかなかの色艶、香り、味。「本当に出来ちゃうんだなあ。」というのが作った本人の感想。


手作りのマロングラッセ一粒で41グラムあります。

大粒の手作りマロングラッセが16粒出来ました。

栗蜜もたっぷり出来ました。クリームチーズにかけたり、コーヒーに入れたり。小布施で瓶入りの栗蜜ばかりずいぶん買ったのを思い出します。自家製の方がずっと香りが濃いですね。
大粒のマロングラッセが16粒と栗蜜が1キロちょい。
かかった費用は全部で1000円程。
(因みにフランス製MdCのあの小さなマロングラッセだったら1000円じゃ1粒半しか買えませんからね。)

安いけど、作るのは大変でした。まず、栗の果肉を傷つけずに渋皮を美しく完全に剥くのは至難の技であること。完全に剥いたつもりが、実はまだ全部渋皮だったとかあるんですよ。
そして、仕上がるまでに半分以上の粒が割れること。割れてもタコ糸で縛ってあるのでバラバラになりません。もちろん売り物にはなりませんし、そんなつもりもありませんので、まあ良いのですが。

大変ですが、煮詰めていきグラッセになるその成長過程が楽しかったです!朝顔を種から育てて観察日記を書いて花が咲いた時の喜びを覚えていますよね?あれのミニサイズ版とでも言いましょうか?日に日に成長していくのが実感できるんですよね。


マロングラッセ作り、2回目の挑戦です。

水とグラニュー糖、バニラビーンズ、ほんの少しのバーボン。それだけ。

今回は長野産の栗。ひと際、大粒。

グラッセとはガラスのこと。ガラス細工のような透明感あり。満足。



成長を確認したその瞬間に立ち会えることは嬉しいことです。
おこがましいですが、成長を手助けしていることにやりがいを感じます。
結果として自分も少しずつでも成長しているとしたら良いのですが。
成長そのもの。それこそが素晴らしい。
いえ、マロングラッセのお話ではないのですが。


 オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光






2017年6月18日日曜日

ソフトボイルド。ハードボイルド。




ゆで卵って美味しいですよね。
生卵を3分30秒茹でるだけ。
水にとってはダメ。
熱々のソフトボイルド、ね。
私は塩も振りません。






"狼は生きろ、ブタは死ね。"
これは、ハードボイルド、ね。


オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光


 




2017年2月26日日曜日

超絶美味い「さかたのおやき」さかた菓子舗




2014年の夏休みのこと。
家族旅行で白川郷を目指す車中、松本インターからの道すがらハンドルを握る僕は一瞬、道の左奥に何か素敵な民家を見たのです。
(おやきの看板があったかも?でも、民芸品のお土産屋さんかもしれないなあ。)
その程度だったのですが、どうしてもその佇まいが気になりしばらく走ってから狭い道をUターンして戻ったのです。

松本にあった頃の「さかた菓子舗」

そこは民芸品のお店ではなく、おやきの専門店、移転前の「さかた菓子舗」だったのです。その時は僕たちにとって「ただの通りすがりの店」でしたから、おやきを一人ひとつずつだけ買って車に戻りました。走り始めるとすぐに僕はまだ温かい「ひじき胡桃和え」のおやきを運転しながら頬張ったのです。
「うんま〜!何これ!すげ〜な〜、これ!」
あまりのうまさに二度見。本当に驚きました。皮も中身も今まで食べたおやきとは全くの別物だったのです。皮は長期熟成のバゲットのようなグルテンの弾力があり、具は皮を割れば弾けて飛び出すかのようにぎっしりと詰められていただけでなく、味付けも完成された料理の様です。そして、何故か温かなもてなしの心を感じてしまうんですよ。
「こんなに美味しいならもっと買えば良かった!」
妻もその味を絶賛しました。
その後、この旅行中、他の作り手のおやきを見つける度に食べましたが「さかたのおやき」は 別格でした。

旅行から戻り調べたところ、「さかた菓子舗」には支店もなく、お取り寄せも出来ないお店。つまり、松本まで行き現地で買うしかないのです。それで、僕たちは、旅行中に立ち寄るのではなく、「さかたのおやき」を買うことを目的として2度、東京から車で出かけました。ミシュランガイドの三つ星の条件は『そのために旅行する価値がある卓越した料理』とされますが、僕たちにとっての「さかたのおやき」は正にこれだったのです。

そんな話を大学時代の親友に話したことがあるのですが、つい先日、そのU君から携帯に連絡が入りました。
「おっ、U!どうしたの?今どこ?」と僕。
「どこだと思う?へへへ、さかたのおやき。」
彼は「さかた菓子舗」が松本から安曇野に移転したことも教えてくれました。
「おやき、送ってやるよ。お金なんかいいよ。」とU。
「え〜っ?まじか〜!ありがと〜、U!今度から会う度、毎回ご馳走するね!」
嬉しさのあまり、僕はこう電話口で大声を出していたのです。
電話を切ってからも興奮は収まらず、いや〜、何て素晴らしい人物なんだ。やはり、金融機関の支店長を任されるまでにスルスルと出世してしまう人物は違うなあ・・・などと感心してしまいました。
でも、しばらく経ってからから気付いたのです。


もしかして、さっき、俺、「今後の飲み代は毎回持つ」って言っちゃわなかったっけ?
ははは・・・(冷や汗)
いや、冗談だってば、って、もう遅い?

オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光




U君ありがとう。
扁平じゃなくてコロンとしています。
電子レンジで温めてからオーブントースターで熱々に!
「切り干し大根」と「小倉あん」
「野沢菜」と「ひじき胡桃和え」





2017年2月1日水曜日

ワインバーO’hyoi’s(オヒョイズ)






本日、おヒョイさん(藤村俊二さん)が1月25日に亡くなったというニュースが流れた。・・・寂しい。

ニュースでは「西遊記」や「ぴったしカン・カン」、「ぶらり途中下車の旅」のナレーションなどが紹介されていたが、僕の印象は全く別のものだ。
僕にとってのそれは、ワインバーO’hyoi’s(オヒョイズ)のオーナーとしての藤村俊二さんだ。そこへ行ったことのある人ならぴんと来ると思うが、ニュースで使われた肖像写真の多くは藤村俊二さんが経営していらしたO’hyoi’sで撮られたものだ。この店、藤村俊二さんがイギリスにいらしたときに惚れこんだ大工に一度現地で家を建ててもらい、それをわざわざバラして船で運んだという。そして、再びイギリスの大工を日本に呼び、南青山のビルの中の空間に組み立ててもらったのだ。家具調度品、照明、ドアノブもすべてイギリスから運んだもの。そして、藤村俊二さんと交友の深い俳優、著名人などが数多く来店した。店の奥に向かうと左側にソファーの置かれた個室があり、そこにはそれこそ往年の銀幕のスターが揃って談笑していたものだ。幸運なことに僕が伺う夜には藤村さん自ら我々のテーブルまで毎回ご挨拶にいらっしゃり、帰り際にはお見送りまでしていただいた。ほんの一言。それに誰もがそれだけでファンになってしまうであろう微笑。フランスでパントマイムを学んだと伺ってはいたが、実父が有楽町の映画館スバル座やオリオン座などを持っていたスバル興業の社長だったというのは今日まで知らなかった。なるほど、そうだろうなと思う。店の趣味も微笑も。

僕が通っていた時代、あの時代、僕はこれはと思うひとをO’hyoi’sへ案内した。価値のわかる人もいればわからない人もいた。それでも良かった。僕は店を出るとお相手を助手席に座らせ、ほろ酔いでハンドルを握った。外苑西通りの緩やかなカーブに沿って車のライトが滲みながら流れてゆく。風が頭を撫で、都会なのにあの一角ならではの広く高くなった空をエキゾーストノートが渡っていく。あの店の床は木材が良かったから革底で歩くと心地よく響いた。あの靴音、良かったなあ。僕はせわしなく運転をしながらも、しばらくは静かな店の余韻を楽しんでいた。

8ミリ映画のスローモーションでも見ているような気分で、あの頃を、今夜は想い出してしまった。

おヒョイさん、ごちそうさまでした。ご冥福をお祈りいたします。


オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光




2017年1月8日日曜日

真珠を食べちゃいました。



東京国立博物館 表慶館

僕が本屋で手に取る雑誌は男性誌『LEON』以外に、『婦人画報』やら『家庭画報』、『Richesse』といった女性誌だったりする。そこに出ている宝石の写真を眺めるのが好きなのだ。ちょっと前に東京国立博物館表慶館でC社の新作ハイジュエリー受注会にも顔を出してみた。初めから購入の可能性などないのだから開催者にすれば迷惑な話ではある。どうかお許しを。

DATURA Necklace。センターの美味しそうな「イチゴ味の飴玉」みたいなのは、
62.15ctのオーバル・カボションカットのルビー。


そんな僕は真珠にも詳しい(きっぱり)。タヒチでは終日「黒真珠」を物色。通販では「あこや」も「白蝶」も偽物を摑まされて勉強。銀座や御徒町ではM社やT社のネックレスはもちろんのこと、製品になる前のクラスプの無い状態のネックレス素材も含め何百連と妻のために品定めし尽くした。
そんな僕が一番気に入っている自分用のパールは、如何にもいびつなブルーグレーの真珠一粒のタイピンだ。母方の祖母から譲り受けたこの真珠は、祖父母がまだ海外旅行が自由化されていない時代に日本から何度も給油を繰り返しプロペラ機で辿り着いたマイアミのお土産屋さんで買った「生きた真珠貝」をその場で開けてたまたま入っていたものと聞いている。10ドルかそこらの真珠貝から出てきたその一粒を後に18kのピンに仕立てたのだ。





タイピンのパールを覗きこんでみる。
いびつだからこその真珠層の巻きの厚さは緑や赤紫の強く複雑な干渉色を見せてくれる。
祖母がオーシャンフロントのホテルで高層階のバルコニーから見下ろした海の色がいかに美しかったかよく僕に話していたのを思い出す。話を聞くたび、苦労を乗り越え横浜での貿易業が軌道に乗り貧しくちっぽけな日本から大国のリゾート・マイアミビーチへ到達したことを実感した瞬間の「自分たちはついにここまで来たのだ。」そんな誇らしい祖母の気持ちが伝わってきた。このパールの虹色の光のはざまにそんな祖父母の輝かしい思い出と喜びが時を超えて今尚きらめいているように感じる。

たとえどんなに粗末であっても誰かが所有しているジュエリーには「想い」が詰まっている。だから、どんなに大粒で最高品質の宝石よりもその人にはかけがえのないものなのだ。DATURA(写真のルビーのネックレス)のストーリーは真っさらな頁へこれから初めて書かれていくのだ。その意味で我々のような傍観者の目にはまだ本当の輝きは映ってはいない。

さて、真珠を育む「あこや貝」。見た目は牡蠣にも似ているわけで、以前から僕は「真珠を採った後、身の部分はどうしているのかなあ?生牡蠣のように食べられないのかなあ?フライもイケるんじゃ無いだろうか?」と思っていた。
で、先日、伊勢志摩の『真珠漬け』というのを見つけたのだ。「あこや貝」の貝柱だけを酒粕に漬けた逸品で意外にも繊維が緻密でしっかりした歯ごたえのこれ、中々に旨い。  ただ、美味しい味噌ダレの味がしっかり染み込んでいるので、真珠貝そのものの味がどうなのかは自分の中で結局のところ謎のままなのだが。

真珠漬け

オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光

2017年1月2日月曜日

「霜降りの黒毛和牛」と「ターコイズ鉱山」のお話

僕はダイエット中に美味しそうなものを目の前にした時、「これ食べたら間違いなく太るよ?身体にすご〜く悪いよ?寿命だって縮まるよ?これを食べることにそれだけの価値があるの?」と自問自答し「YES」の場合だけ口にすることにしている。従って、脂の多い牛肉やラム、豚バラなどは滅多に食べないのだ。

だが、イベント時は別。クリスマスからお正月のこの時期は普段あまり近寄らない牛肉屋さんへ脚が向く。

そして、命を削る価値があるほどに旨い牛肉にだけかぶりつくのだ。

実は、僕は調理前の美しい霜降りの肉の断面を見るのが好きだ。
怖いもの見たさに熟成牛肉の塊の周囲の色が悪くなっているところを見るのも乙なものだ。お店の方と産地や肉質のお話しをするのも実に楽しい。

このシーズン、どれだけの牛肉の断面を吟味しただろうか。角度や緻密さといったサシの入り具合、赤と白のコントラスト、断面の艶。う〜ん、それぞれに美しい。そして、同じものは一つとしてないのだ。
僕は何度見ても飽きない。

牛肉の断面の鑑賞は、ランダーブルーやらダメイル、ナンバーエイトなんかのクラシックなターコイズを眺める時の楽しさと似ている。それも細かいスパイダーウェブのルースを手に取りルーペを覗いている時のあの高揚。

交詢ビルの中の鉄板焼き屋さんのこれは差し詰め『キングマン』。見事な手さばきは眼にもご馳走。肉汁と赤ワインが口中で渾然一体のジュースとなり悶絶。間違いなく寿命を縮めたが、我が人生に悔い無し。
新宿の某百貨店でカットしてもらい自宅のグリル・ロンドで網目模様の焼き目をつけたステーキに。エイジング・ビーフは『ペルシャン』。
家で肉を焼くのは僕の役目。カルビの塊で作ったローストビーフを薄く切ったら3〜4枚重ねてクレソンを添えてバゲットに挟む。このマトリクスは当に『ダメイル』。
このロースは『インディアンマウンテン』でしょうか。しかし、この肉、しゃぶしゃぶで本来の見所が洗い流されたと判断。改めて山葵醬油で生食したら美味かった。ただし何があっても自己責任で。

 
多くの賛同は得られそうにありませんが・・・。
以上、僕なりに「黒毛和牛」のサシを「ターコイズ鉱山名」で表してみました。

オフィスプロモ(株)代表取締役 古荘洋光 











2016年9月4日日曜日

うなぎ三昧の七日間

深夜ラジオのDJさんが『僕は鰻が一番好きな食べ物なんだ。鰻好きが集まると必ず何処の鰻が一番美味いのかという話題になるんだよ・・・』と語っていた。

その通りだ!何処の鰻がうまいのか検証をしなくては!
と思い立った。
それで、今週はとにかく打ち合わせや何やで鰻を食ったという訳。

8月29日(月曜日)、関内の『わかな』で鰻を食う。
子供の頃、うちでは鰻屋と言えば『わ・の・ふ』だった。子供には『わかな』って読めませんよ。此処のはとにかく飯。多すぎるけれど、だからこその美味さなんだろうな、きっと。最後まで火傷する程に熱々の飯。飯粒がはっきりしていてぴかぴかして。『わかな』の美味さは飯に尽きる。
今見てもやっぱり『わのふ』だなあ。
とにかく「飯」。


8月30日(火曜日)、銀座の『野田岩』で鰻を食う。
あのね、此処の蒲焼きはそんなに好きじゃないの。濡れた段ボールみたいだから。此処は何といっても白焼き。此処で白焼きを食ってから他所では食べられなくなっちゃったなあ。白焼き丼、美味いっすよ。私にはタレが多いので減らしてもらうけどね。どうでも良いですが、正式には『志ら焼丼』って書きます。『野田岩』の凄さは白焼きにこそ出る。
『志ら焼丼』写真撮り忘れました。

8月31日(水曜日)、銀座の『ひょうたん屋 6丁目店』で鰻を食う。
京橋で仕事していた時は現在のじゃなくて移転前の1丁目のひょうたん屋 にお世話になっていました。飯が研ぎ過ぎで割れていたけど、それも珍しくて好きだったなあ。蒸さずに焼くから歯ごたえが良くて脂も強い。うなぎの脂を味わいたいのなら『ひょうたん屋』でしょう。
強い焼き。強い脂。

9月1日(木曜日)、田無の『坂平』で鰻を食う。
私の地元じゃ此処。今回は白焼きとご飯にしました。う〜ん、でも、白焼きは甘辛のタレに頼れませんから焼きで香ばしさを引き出すのは確かに難しい。多くのお店は別に其処を目指していないのだろうな、きっと。私の場合は普通のうな重にしておけば良かったかもしれません。田無で鰻を食べるのなら『坂平』 。古い『カーグラフィック・マガジン』もズラリと揃っていますよ。

9月2日(金曜日)、神田『きくかわ』で鰻を食う。
正統派のうなぎ屋。美味かったし、気に入らない点も無し。ただ、尾の部位を綺麗に折り返しているあれはすでに売り切れ。この店ではやはりあれを見たいですよね?豪快なうな重を食べるのなら『きくかわ』でしょう。


9月3日(土曜日)、南千住『尾花』で鰻を食う。
うざくに浮かぶ鰻の脂ととろりとした酢の甘さ、菊の香り、これに熱燗で幸せになれますなあ。
しばらく待ち白焼き。食通からここの白焼きは絶賛されています。私からすると身の厚さは印象的ですが、そうですね、確かに魚臭さは無いし、ふっくらしているけれど、焼きの香ばしさが物足りないんだよねえ。
程なく届くうな重の蓋は取らずに蒸しておきましょう。白焼きをゆっくりつまんだらお腹もある程度満たされていますが、此処のうな重はぺろりといけますよ。鰻がトロトロなんですね。それが証拠に串打跡が多いんですよ。おそらくこうしないと身が崩れてしまうのでしょうね。例えが悪いけれど、これ、カレーライスみたいだなあ。カレーライスは飲み物だってどこかのタレントが言ってましたけれど。此処のうな重、それ位鰻がトロトロなんですよ。噛まずに飲めちゃう。そんな鰻がお好きな方は是非どうぞ。
至福のうざく

カレーライスみたいなうな重

 9月4日(日曜日)、三鷹の持ち帰り専門『豊駒』の鰻を自宅で食う。
10時30分に到着。一番乗りだ。店の前を箒で清める親父さんにまずはご挨拶。目の前の桜並木が市に乱暴に伐採された事を残念がっていらした。11時の開店前におじさま4人が並んだ。ぶつかり合う金属音が心地よい備長炭で鰻が焼かれるのを見るのも楽しい。一度に5串焼きあがった最初の「極上ランク」を家族分買求め、冷めないように紙の手提げをそのままバスタオルに包んでからさらにバッグに仕舞う。帰り道、宮田酒店で鳳凰美田純米吟醸を入手。柳庵初瀬川の菱形重と虎渓山水月窯の器を出し、炊きたてのご飯、胡瓜の酢の物でこの上ない昼食に。豊駒の鰻はふわりとろりで文句無し。持ち帰りなら豊駒で間違いありませんぞ。ただ、温かいうちにすぐ食べてくださいよ。


今週の7日間、毎日鰻を食った。
味わった。探求した。考えた。
そこで分かった自分なりの鰻の好み。
まず、素焼きの後、蒸して出来るだけ柔らかく。
でも、脂を落とし切ってはだめなんだ。
そして、焼き。これは火で焼くんじゃないよ。身に残った脂に熱を入れて、その脂を身に回すんだよ。そのわずかな脂でじっくりと実は揚げ焼きするのさ。
タレの醤油と砂糖を焦がすだけじゃだめだよ。表面だけじゃだめなのさ。
そう、中からじっくり。お願いしますね。

それから、誰かこんな私の好みに合いそうなお店知ってたら教えてくださいね。

気付けば夏が終わろうとしている。
鰻の夏が終わる・・・。

でもね、本当は美味いのはむしろこれからですよ。
平賀源内のマーケティング以前は夏の鰻は不味いとされていたのですから。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光