2012年3月15日木曜日

ブルータス、お前もか。

先日、ホワイトデーが近いということで夫婦で田無のビストロ「ガメイ」へ。ここのシェフは芝の某名門フレンチレストラン出身なのだ。料理を食べ終えるまでカメラの存在を忘れていたのでデザートの写真となっております。オレンジ色のシャーベットはパプリカですよ。料理は味はそこそこ、ボリュームもあって、値段はリーズナブル。雰囲気を求めず、単に食事目的なら良い店でしょう。
実は、昨年の12月にテレビのロケハンで35年ぶりに芝の某レストランへ伺いましたが、大変失望しました。建物も暖炉もシャンデリアも木の床に響く靴音も当時のままでしたが、他は全く変わっていました。壁にかかる絵画も明らかにレプリカですし、聞けば、経営がタクシー会社に変わったのだとか。電話予約の時点でその対応に私は「おや?」と違和感を感じていたのですが、いや、本当に残念です。銀座ソニービルの地下の某レストランに続き、また、がっかりさせられました。さて、皆さんにもお口直しを。ホワイトデーには無関係ですが、こちらはチョコレート好きで有名な女優・ReeSyaさんにいただいた「バターフィンガー」というネスレのチョコレート。口に入れた瞬間の不二屋のピーナッツチョコレートのような懐かしい香りと、キャンデーが層になったフィリングの歯ごたえ、ほのかな塩の後味が美味しかったです。ありがとうございました。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年12月25日日曜日

Merry Christmas


2匹の生きているオマールエビを戦わせる息子。彼にとっては、バルタン星人のソフビ人形の様なものかもしれません。しかし、子供とは何と残酷な生き物であることか。

茹でたてのオマールエビ、自家製ローストビーフ、タラバガニ、スパークリングワイン、コート・ド・カスティヨンの赤、ドイツのアイスワイン、シャンメリー、息子と妻の作ったケーキ、それと、息子が学校で作った紙粘土の「いきものケーキ」。
姿は悪いが、味は中々のものでトップスのチョコレートケーキそのものだ。それ以上に胸のあたりがくすぐったいような、幸せな味がした。
クリスマス・イヴの翌日は、食べ残しをバターで炒めてソースアメリケーヌを作った。これって家族だから出来るんだよなあ。

生きたエビさんに失礼のないよう、全部、大事にいただきました。とても美味しかったです。


オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年10月23日日曜日

キャビアはお好き?

先日、ランプフィッシュの卵を食べ、後味(だけではない)が悪かったので、今夜は正しくチョウザメのものを頂いた。現在のカスピ海では過去の乱獲により実質的にチョウザメの禁漁らしく、昔の私の様に一度にベルーガ、セブルーガ、オシェートラを食べ比べる訳には行かない。現在、主に手に入るのはアメリカ産のバトルフィッシュ(チョウザメの一種で三越ではセブルーガとほぼ同一との説明があった)、または養殖のチョウザメなのだ。今回はアメリカ産を試す。食卓には他に、シャンパーニュの代わりにパーカーポイント高得点のメキシコ産のスパークリングワイン、そして、キャビアに合うとされるフレッシュなチーズ「ブリア・サヴァラン」を初め、ロジュレ(白カビチーズ)、ピエダングロア(ライトなウォッシュ)。これに、ソーセージとサラダ。メゾンカイザーとドミニクサブロンのパンが並ぶ。
さて、アメリカ産のキャビアは、小粒ではあるがわずかに緑がかった薄いグレーの中に黒い点々が見える姿も、舌触りも、独特な香りも確かにキャビアであった。キャビアに合うとされるものはさまざまにあり、ブリア・サヴァランの他に、ブリニ、スモークドサーモン、ゆで卵など、色々言われるが、要は、紙の外箱に比べて過小でさらに上げ底極まりないガラスの容器からもその貴重性は明らかなのであるが、いかにその量を増やして大勢の客に食べさせるかということなのではないだろうか。私は、何に合わせてもその真価が分かりにくくなるばかりだと思う。私の考える一番の食べ方は、勇気を出してえいやとスプーンですくって一口に頬張り、卵の粒の決してプチプチとはじけず何ともだらしのない印象を伴いながらつぶれてゆく感触、そして、グニュグニュべたべたと舌にまとわりつく愉快でない感触を味わい、その感触そのままにキレの無い味と生臭い魚の油の匂いに集中するというものである。ここまで読んでいただいてすでにお気づきであろう。そう、私はちっともキャビアなんて好きではないのだ。・・・と言いつつ、私が無理に食べさせようとしたのが原因で「キャビアなんて不味いから要らない!」と言って小学1年生の息子が暴れテーブルに散乱したキャビアを一粒残らず拾って食べてしまうのが私なのだ。だって、高かったんだからさあ。布巾でサッサッてわけにはねえ。ですよねえ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年10月13日木曜日

ワインの深淵

自分の誕生日にはフォアグラとソーテルヌと決めていたので今夜はその通りにした。他にエビグラタン、ランプフィッシュの卵、サラダ、バゲット、チーズ、タルトタタン、アールグレイ、それに嬉しいバースデイソング。成城石井で買ってきたフランス産ガチョウのフォアグラは今ひとつ満足感に浸れない代物で、これなら、自分でフレッシュのフォアグラブロックから作った方がずっと美味い。クリスマスにはまた作ろうと思う。

ところで、美味と美酒の組み合わせは色々言われるが今日の組み合わせは本来なら良いものであろう。有名な生ガキとシャブリ、キャビアとシャンパーニュという組み合わせは、単に高級な物同士の組み合わせでしかないし、むしろお互いを不味くしてしまう。この「食事に何を合わせるか」という話だが、一流ソムリエとされる田崎氏の持論に私は猛烈に反論したい。彼は、食材に含まれるエッセンスと同じ要素を持ったワインを合わせるのだ。例えば、カエルに石灰の様な香りがあるから、合わせるワインは石油香のあるリースリング、というのだ。これは、一見理論的に聞こえるし、説得力がある。しかし、これは客に薦めた高いワインに反論されないための彼なりの理論武装だと思う。私の意見は全く違う。「マリアージュ」というのは、全く別の種類のものが合わさって初めて生まれるものというのが私の考えだ。人間同士の「結婚」もそうかもしれない。それでは、濃厚なガナッシュのデセールに合う飲み物は何か。田崎氏の理論からすれば濃くて甘いココアということになろう。さて、それはいかがなものか。では、私の正解は何か。砂糖抜きのエスプレッソだ。もっと簡単に言おう。餡団子にお汁粉を合わせるか?緑茶でしょ?「全く違う者同士が出合いお互いを高めあうこと」。それが私の考える「マリアージュ」だ。そうでなければ、神は何故違う人間をこんなにも創造したのか。(私は無神論者なのだが。)

バブルの時代、ワインブームというものがあり、私も随分と飲んだ。私は何かに嵌ると、熱中し、その分野の頂点を体験し、納得し、冷却する。私のワイン探求は初めは名もなきボルドーシューペリュールから始まった。この時、今まで飲んでいたものとは全く違う風味、葡萄由来では無いと思わせる味に驚いたのだ(今では解明しているが)。そして、ボルドー、ブルゴーニュ、ソーテルヌに興味が湧き、しばらくバローロやバルバレスコあたりをうろうろとしてみたものの、ボルドーに戻りポイヤックやポムロールに捕まり、その後、一気に有名ワインを飲み比べた。ラトゥール、トロタノワ、イガイ、ディケム、クリュグ、ドンペリニヨン、ラフィット、パルメ、オーブリオン、ムートン、エシェゾー、グランエシェゾー、シャトーマルゴー、DRCリシュブールとロマネサンヴィヴァンとラ・ターシュ、ペトリュース、モンラッシェ・・・。この頃の私の夕食は、ビゴのルヴァンというパン、バター、ワイン一瓶、以上。その後、倒れ込むように就寝、という日々だった。
一番美味しいと感じたのは赤はシャトー・ラトゥール、白は、ドメーヌミシュロ・ムルソー・ジュヌヴリエール、飲むのに一番緊張したのは元町のフレンチレストラン霧笛楼で飲んだ1940年のボルドー・マルゴーのローザンガシイだ。コルクを抜くソムリエの手が震えていたのを今でも思い出す。

しかし、しかしなのだ。最近、チーズは同じ銘柄であっても、レストランで最高の熟成具合でいただくのと、スーパーで気軽に購入したのとでは全くの別物(カスタードクリームと消しゴム、香水と塩水ほどの違いだ)ということに驚いた事をこのブログにも書いた。だとしたら、私が飲み尽くしたと思っていたワインは本当の味だったのだろうか?私は思う。ワインは生まれ、よちよち歩き、成長し、成熟し、枯れ、死ぬ。それも同じボトルの中で。おそらくは、最高の輝きを見せるのは一瞬だろう。多くの女優がそうであるように。
開高健「ロマネコンティー1935」を読みながら、私はそこに登場する最高のワイン、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティーのラ・ターシュを飲んだ。その時は、そこに正に書いてあるにもかかわらず、思いもよらなかったのだが。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光







シャトー・ムートン・ロートシルトは毎年異なる画家によるラベル(1973年ピカソ、1988年キースヘリング等)が有名だが、この1993年のアートは アメリカでは販売の許可が下りなかった。幼児との性交渉を想起させるというのがその理由で、この年、アメリカでのラベルは白紙となっている。私がラベル買 いした唯一のワインだ。ムートンでは他に、1979年シャトームートンバロンフィリップ、1980年シャトームートンロートシルト、1993年ルセカンド ヴァンドムートンロートシルトをいただいた。繰り返し試したのは感動がなかったからだ。その名声の在りかを確かめたかったのだが、しかし、私には最後まで 見つけることができなかった。私には広告に長けたブランドをより厳しく評価する癖があるのかもしれない。





2011年10月9日日曜日

死の朝

ペパーやガーリックなど数種類のソーセージ、ラディッシュなどのサラダ、フルーツ、LE GROTTE REGGIANO LAMBRUSCO ROSSO SECCO(イタリアの赤のスパークリング)、チーズ数種類。此処の処、こんな食事が多い。チーズを美味しく食べるためのメニューなのだ。今宵のチーズは、ピエール・ロベール(写真左)、クロミエ・サンジャック(右)、そして、リヴァロ(中央)。
白カビのチーズに嵌り、少しずつ癖のあるチーズへ進んできたので、そろそろ強い風味のウォッシュが再び食べられるようになっているのではないか?と考えたのだが・・・。リヴァロはこのタイプのウォッシュだ。
私には、この10年間食べられないでいる物がある。それが、オレンジ色に熟成が進んだウォッシュチーズなのだ。それには、訳がある。オレンジ色に熟成したウォッシュチーズを口に含むと、私の前から楽しいはずの食卓が消え、冷たく暗く悲しい風景が見えてくる。それは、肝臓と腎臓を患い亡くなった朝の父の部屋だ。およそ10年前の真冬の朝、電話に出ない父の部屋をひとり訪ね、何度呼び鈴を押しても返事がなく、どうしようもない絶望的な予感の中、私は前の晩に本人から預かった父のキーを恐る恐る鍵穴に入れた。マンションの鍵の開く冷たく大きな音が響く。ドアを開け、靴を脱ぐ。カーテンが引かれたままの真っ暗な中、何度呼びかけても父からの返事はなかった。カーテンを開き、ベッドの方へ進むと、眠っているかのような父がいた。頬は冷たくなっていたが、まだ、布団の中は温かかった。救急車が到着するまで、父の顔を抱きしめ、懺悔するように話しかけた。
その時の匂いが今でも忘れられない。
救急隊員から父の死を告げられた。もちろん自分でも分かっていたのだ。父の死を頭で認識しながらも私は救急車を呼んだ。「父が息をしていない。」そう説明をした。自分で結論付けられなかったのだ。誰かにはっきりと言われるまでは父の死を認めることができなかった。
父の死からもうすぐ10年になる。時間が経過し、リヴァロを食べても、もうあの悪夢を見なくなっているかもしれない、そう思ったのだが駄目であった。私はおそらく、一生食べられるようにはならないのだろう。それは、私が父の死に責任を負っているという思いがあるからに他ならない。そして、そこからは一生逃れることなど出来そうにないからだ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年10月6日木曜日

Macarons a la ganache/LA MAISON DU CHOCOLAT

フランスから空輸されているというこのミニマカロン。見た目よりずっとガナッシュがたっぷり入っていて満足できるのだ。コンフィチュールのマカロンは無く、全部中身はガナシュというのがここらしいのだが、それだけに、挟まれたガナッシュは流石といった味だ。
そうかと言って、自宅でこの味の再現に挑戦できないわけではない。マカロンもガナッシュも、我が家の本棚にはメゾン・デュ・ショコラ創設者であるロベール・ランクス氏のオリジナルレシピがあり、冷蔵庫には、アーモンドプードルも卵もチョコレートも生クリームもあるのだから。
・・・いや、今晩はやめておこう。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年9月28日水曜日

Othello

今日試したOthelloというネーミングのチョコレートはバニラのホワイトチョコレートとキャラメルのビターチョコレートの2層ガナッシュというのだが、しかし、残念ながらバニラもキャラメルも少しも香らない。・・・それこそが「悲劇」ということか。名誉のために作者の名は明かさないでおくがShakespeareではない。
あと、ふたつ。残るDrageeは、幸福か、健康か、富か、長寿か、それとも・・・。


オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年9月27日火曜日

薔薇のチョコレートのお話

今夜は、銀座和光のトリュフナチュールとドラジェ、さらに新作の自家製ガナッシュまで食べてしまった。今回のガナッシュは煙の上がるほど焦がしたカラメル、生クリーム、フォアローゼズ入り。最近のチョコレートを食べるペースは速過ぎるようだ。気をつけないと。写真をご覧いただこう。フォアローゼズの薔薇の絵のラベル、薔薇のお皿、そして、写っているグラスのブランド名にも薔薇が隠れている。ただし、この話、当のフランス人には通じない。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年9月24日土曜日

自家製ガナッシュ


此処のところ、また私的なチョコレートブームが来ている。9月13日に催されたRestaurant-IでのLA MAISON DU CHOCOLATさんのパーティーがきっかけだろう。来年のバレンタインで発表される数々のボンボン・デュ・ショコラを頂き、フォアグラや白レバーや穴子等とカカオを合わせた実験的な料理を賞味するうちに目覚めてしまったのだ。医者に止められたチョコレート三昧の日々がすでに辛い思い出ではなくなっていた。昨晩はWAKOのボンボンやオランジェットもいただいた。今日は久しぶりにガナッシュを作った。思い立ってすぐなので、ヴァローナやオペラのクーベルチュールは家には無い。材料は森永の板チョコ4枚、バニラビーンズ、生クリーム、自家製のサクランボリキュール、仕上げのバンホーテンカカオパウダー。
混ぜるときはゆっくりと。それを忘れるほど早く食べたかったのだ。断面の気泡がそれを物語っている。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年9月17日土曜日

La Maison du Chocolat




私のチョコレートへのクレイジーな嵌りようはこのブログでも過去に紹介しているが、思わぬ急展開を伴い仕事に活かされることとなった。私のコーディネイトする番組にフランスからの素晴らしいお客様を招くことができたのは非常にエキサイティングな出来事だった。ラ・メゾン・デュ・ショコラのクリエイティブディレクターであるジル・マルシャル氏は大変気さくでユーモアのセンスに溢れた方。同氏をお招きしての収録はこの上なくホットな時間となった。InterFMにはこの1回のオンエアのためだけに異例の番組宣伝もつけていただくことができた。この件は同番組への評価として受け取らせていただいている。また、このような機会をいただいたDeRain様, Gilles MARCHAL様、ラ・メゾン・デュ・ショコラ・ジャポン様、ヴィジョン・エイ様、松屋銀座様に改めて御礼申し上げたい。
*お好きな方は是非番組をチェックしていただきたい。
オンエア日時:2011.9.25, 15:30-15:45
放送局:InterFM
番組名:Rendez-vous chez ReeSya

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年6月18日土曜日

バンコク都記

久しぶりにタイ料理をいただいた。吉祥寺で食べようと思って色々検索したら、吉祥寺にはタイ料理屋さんが数多くあるが『アリムタ食堂』というのがずば抜けている、と書いてある。聞いた事ないなあと思いつつ地図を調べてみると、「何だあそこか~。」いつも行くところじゃんか。う~ん、まあいいか・・・というわけで行ってきたのだ。色々食べたがきしめんを炒めた感じの料理だけは美味しかったなあ。しかし、遠くとも六本木の『バンコク』へ行くべきだった。あそこは本物だから。

タイには想い出がある。学生時代の同級生がタイからの帰国子女でその娘のバンコクの自宅にも遊びに行った。門からスイミングプールつきの住居まで曲がりくねった道が続いていて、両側はまあ日本の感覚で言えば延々と芝生が広がっている。その芝生の所々に男達がしゃがみこんで何かをしているのが見えた。ずっと歩いていって何をしているのかが分かった。芝生を床屋さんが使うような小さな鋏でチョキチョキと整えているのだ。私には芝刈り機ではないその小さな鋏が衝撃的に映った。部屋へ通されて冷たいお茶をお手伝いさんが運んできてくれた。同級生は「ありがとう」とも言わない。そして、我々二人の前を通るときにお手伝いさんは膝を擦るようにして横切るのだ。私はその様子を大変気分を悪くして見ていたが、ついに耐え切れず同級生に向かってこう言ったのだ。「あんなことをさせるな。君はそんなに偉いのか。女王にでもなったつもりか。」と。 実は、横浜の貿易商だった私の母方の祖父の家に「おさくさん」というお手伝いさんが居た。おさくさん専用の部屋もあった。彼女は家族の一員ように大切にされていた。決して召使のような扱いはされていなかったのだ。それで、私は余計に頭にきたのであった。

さて、その後、バンコクで同級生のその娘と話しをし、正にカルチャーショックを受けた。私こそ何も分かっていないというのが彼女の言い分だったのだ。もしもお手伝いさんに良かれと思ってフレンドリーに接してしまったら、彼女に間違った習慣を植えつけてしまう。すると、彼女は他所で雇ってもらえなくなりその後の人生において生活できなくなってしまうのだ。また、庭の手入れ用に芝刈り機を買い与えてしまったら仕事がすぐに終わってしまう。今のままの小さな鋏であれば何人もの男たちが仕事として1年中この家の芝だけを整え続けることが出来るのだ。タイの上層の人々はそうした下級階級の多くの人々の生活を支えることに責任を持っており、そうした強い意識を持っているのだ。まだ学生だった私は何も知らなかったのだ。日本人は階級とかクラスについて何も知らない。日本人の誰もが平気でパリのエルメスやシャネルのブティックへ入って行く。私も人のことは言えない。この旅行中、THE ORIENTAL BANGKOKのle Normandieでネクタイを着用していなかった私はこのフレンチレストランが用意しているおのぼりさん用の貸しネクタイのお世話になったのだから。

しかし、この五つ星ホテルの前に陣取っていた屋台の鶏の足先(指)の照り煮は実に美味かったなあ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2011年6月4日土曜日

コーヒーの淹れ方

ペーパーフィルター、フレンチプレス、スイスゴールドフィルターなどなど。色々試しましたが今はこの方法に落ち着きました。ドリップ式ではこの方法をお勧めします。
ヤフオクで100円で落札させていただいた龍文堂製。鉄瓶で湯を沸かすとまろやかな味になるような気がします。ステンレスケトルほど少しずつ注げないのは残念なところではあります。綿100%の布を使います。これが重要です。ネルではなく平織りをお勧めします。写真の布は医療用のコットンを丸く切り抜いたものです。ペーパーフィルターは木の匂いがするし、きめが細かすぎる。ネルは使用に煮沸や水に浸したうえでの冷蔵庫保存など手間がかかり過ぎますが、この布ならお湯で手洗いして干すだけです。平織りですからすぐに乾きます。もちろん、ネルで言われるような嫌な匂いは皆無です。
豆はお好みで、ただし、コーヒーを淹れる直前に手で挽きます。自分で生豆からの焙煎もやりましたが、台所が飛び散った薄皮で汚れますのでやめました。手で挽くと、電動機械の高速回転と違い熱が発生しないと言われますが、家に電動機械が無いだけなのです。この儀式が期待を高めるのだと思って頑張って挽きます。挽き立ての良い香りはいつでも幸せな気持ちにさせてくれます。因みに薄皮を取り除く効果はそれほどありません。私は、焙煎後の豆をぺティナイフでひとつひとつ割り、中のシルバースキンをすべて排除したことがありますが、苦労ほどの成果はありませんでした。(シルバースキンだけでお湯を注し、どんな味になるのかもやってみました。)まず、豆抜きでお湯を通します。器具が温まり、コットンも湿らせることができます。カップも温めておきます。次に豆を、湿らせたコットンの中に入れたら、今度はなるべく少しずつ雫を垂らすようなつもり豆全体を湯で濡らします。よく、蒸らしといわれる作業です。(私はこの蒸らしだけを温めた赤ワインでやってみたこともあります。)下からコーヒーの最初の一滴が落ちたらそれ以上は湯を注さず暫く置きます。30秒ほど経ったら、豆より上にはお湯を溜めないつもりで、ゆっくり、じっくりと入れます。一気に入れると何故か渋皮のような匂いばかりがします。ここでは、急いでも得られるものは何一つありません。さあ、コーヒーが入りました。写真はどちらもデミタスカップです。手描きのアウガルテンの絵付けは明らかに柿右衛門の影響を受けています。アウガルテンは独身時代の妻からのプレゼントですが、今は何故か主に妻が使っています。大倉陶園のカップは結婚祝いに母から(母は祖母から)譲り受けたものです。いずれにしてもたくさんは抽出しないことです。その理由はたっぷり抽出している最中にちょっと別のカップに抽出途中のコーヒーを入れて味見をすればお分かりになるはずです。たっぷり飲みたい時、私は丁寧に入れたコーヒーに沸かしたてのお湯を注しています。と言っても、あまりやらないですが。表面に浮いた油分。えっ?不味そう?いや、これがコクと旨味には必要なのです。ペーパーではこれが出せません。エスプレッソではこれが100%味わえます。ですから、どんな入れ方をしたところでドリップは、正直、エスプレッソには敵いません。 コーヒーを注ぎ終わったポットの底にはこれ位(もやもやと)コーヒーの微粒子が残ります。決してざらざらとはしません。巷ではスイス製のゴールドフィルターの評価はすこぶる高いですが、私にはざらついた口当たりがとても耐えられません。 紙は臭う。ネルは手間がかかる。フレンチプレスは論外。紅茶ならまだしも、あれをコーヒー器具として売るのはいかがなものかと。ゴールドフィルターもざらつく。どの方法にも欠点があるのです。一方、平織りのコットンは、油分やコクが充分残り、まろやかで深い味わいのコーヒーを引き出します。ドリップでしたらこれが私の一番のお勧めの方法です。


豆にもいろいろあり、ほとんど試しましたが、正真正銘本物のコピルアク があるのなら是非一度飲んでみたいですね。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年9月22日水曜日

ウズラ

今日は結婚記念日。忘れられるはずがないのだ。結婚指輪に日付がしっかりと刻印されてしまっているのだから。本日は早退。フランス産のウズラ、アンスリウム、バゲット、ピエールエルメのドゥーミルフィーユを買って帰る。ルクルーゼと上火しか使えないデロンギでワイン煮込みを作った。それにしても、いやあ、もう8年にもなるのか。

本日の体重、58.5キロ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年9月5日日曜日

握り寿司


息子のリクエストで私が寿司を握りました。初めて生筋子をほぐしてイクラの醤油漬けも作りました。お湯を使ってほぐすと硬くなるという情報があり、塩でもんだ後水でほぐしました。このせいかロスが多かったような気がします。さて、鮭を長く切りつけこれを海苔の代わりにした「イクラの醤油漬けの親子軍艦巻き」もやってみましたが、なかなかうまくいきましたよ。(写真は、バチマグロ、モンゴウイカ、鮭、アボカド、赤カブ漬物。この他に、イクラの醤油漬け、アサリの味噌汁、モロヘイヤの御浸し、新ショウガと自家製味噌、胡瓜糠漬け、出羽桜吟醸酒。)

本日の体重、59.0キロ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年7月11日日曜日

山桃とオニアサリ


今朝のランニングの折に、山桃の実を採ってきました。早速ジャムにして朝食のメニューに。独特の香りが好きです。朝食はフレンチトースト、サラダ、オレンジジュース、山桃ジャム入りのヨーグルト、コーヒーフラペチーノ、さくらんぼでした。この季節、近くの散歩道や空き地でこの季節ならではの味覚を楽しむことができました。木の芽、竹の子、グミ、桑の実、梅、花の蜜・・・。キノコに詳しかったらこれからの季節、楽しそうですね。午前中は息子とサッカーと野球をして、昼食はそうめん(たっぷりの茗荷・大葉・葱・海苔)と茹でたてのトウモロコシ。「夏」を実感しました。午後は息子と将棋。私はつい三日程前に5歳の息子に教えられ始めました。手加減無しで私が負けることもあり、私にとって息子は手ごわい相手なのです。本気でやりますから、大人気ないですが勝って嬉しいですし、負けたら負けたでこれもまた嬉しい。私が完敗した時のほうがずっと嬉しいですね。息子は単純には攻めてきません。何重にもわなを仕掛け、何手も先まで考えているのが分かります。(文章が親ばかになってきましたのでこの辺でやめておきましょう。)夕食は5月に神奈川県の磯で自ら採ったオニアサリを解凍して作ったスパゲッティーニ・ボンゴレ、蛸のサラダ、メロン。
この場所が私のお気に入りの天然潮干狩りポイントです。今年は妹の家族と出掛け、オニアサリ、アサリ、蛸貝の他に、めかぶやウニ、さざえも採ることができました。

本日の体重、58.5キロ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年5月30日日曜日

ドイツ産ホワイトアスパラ

毎年ドイツから空輸でお取り寄せしているという方から、去年に続き、今年もおすそ分けいただいたホワイトアスパラです。ありがとうございます。私はこのアスパラガスから多くを知りました。
写真のアスパラガスは、塩とバターと少量の砂糖を入れた湯で茹でただけです。一緒に茹でると香りが立つというピーラーで剥いた皮も、うちではもったいないので食べちゃいます。最近では、日本のスーパーにも国産のホワイトアスパラが並ぶようになって来ましたよね。でも、ドイツのは種類が違うのではないかと思うほど太いです。この三日ほど前に食べた国産ホワイトアスパラガスの時はニンニクとオリーブオイルで香りをつけたマヨネーズをかけて食べましたが、今回はアスパラガスそのものの香りが良いのでこのまま頂きました。とろりとして美味しい。ドイツではこの香りをもって春の到来を喜ぶのだといいます。日本で言えばタケノコの感覚でしょうか。 (下の写真は息子と採ってきたタケノコとベランダの山椒を入れた筍ご飯)
生前、父がホワイトアスパラの缶詰が好物だったことを想い出します。父は缶切で蓋を開けると、まず、中の汁をグラスにあけ飲み干すのです。私にはそれがどうもお行儀が悪いように思え、また、何故だか身体に悪いように感じられました。父が亡くなった後、一人暮らしをしていた部屋を掃除しているとアスパラの缶詰が出てきました。しばらく後、父を偲び、私たちはその缶詰を開け、父がしていたように汁を飲み、やはり部屋に残されていたシーバスリーガルと一緒にホワイトアスパラを食べました。静かで、懐かしく、悲しく、それは現実ではないような奇妙な時間でした。
父は大学時代を英国で過ごしました。ホワイトアスパラガスの缶詰が好きだったのは、その時の経験によるものだったに違いありません。ヨーロッパ産フレッシュホワイトアスパラガスを茹でて食べた経験から、「実はアスパラそのものよりも香り高い茹で汁(スープ)が感動的に美味い」という事を知っていたのです。父は行儀が悪かっただけではなかったのです。アスパラの缶詰のジュースを飲むことでその先に見えてくる青春の日々を懐かしんでいたのでしょう。私がそのことに気付いたのは、私が初めてドイツ産のフレッシュホワイトアスパラを食べた去年、それは父が亡くなってから8年も後のことでした。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年5月13日木曜日

恩人の訃報

今日の出来事です。電話口でその女性は「言いにくいのだけれど」と前置きをしてから私の恩人の名前を口にした。まさか、どうして、という想い、そして後悔。ずっと気になっていたのにどうしてこちらから連絡しなかったのだろう。くそっ、どうして。

私が最初の広告代理店に就職し、始めてのクライアントとなっていただけたのがその方の経営する美術画廊だった。出会って間もない頃、その方が霞会館で昼食をご馳走してくださった。社会人になりたてで世間知らずの私はそこがどのような場所かも全く分からなかった。「かぞく会館」って家族全員が会員になっているってことかな?という感じであった。それどころか、「食前酒はいかがしますか?」とソムリエに聞かれ、ドギマギし、こういうときは何か頼まなくてはいけないものだと勘違いした私は「では、シェリー酒を。」と格好つけて答えたのだ。その方は特に気にも留めていないだろうけれども、今でも「小僧の分際で、あの時は失敗したなあ。」とよく思い返す。
私はその方の雰囲気がとても好きだった。ハンサムでお洒落で格好良いのだがこれ見よがしでなく静かで品があった。駆け引きが無く、信頼してくれ、何でも相談してくれた。私も「この人のために!」という想いで仕事をした。私はその方から多くを教わり、そして随分助けていただいた。
先方の社員の間ではその方のことを「殿」と称した。私はよくある社長に対するニックネームかと思い、気にしなかったのだが、その方がある戦国武将の家系の13代当主だったということを後に知ることとなった。なるほど、滲み出るようなあの雰囲気の理由に合点がいったのを想い出す。我が家には戦国武将たちの兜24個がガラスケースに入った古い5月の飾りがあるのだが、例年一番真ん中の良い場所にその方の家系の兜を据える。つい一週間前にも息子にその兜の話を聞かせたばかりなのだ。
結局、その方の美術画廊がオープンしたときから残念ながらクローズするまで仕事のお付き合いは継続した。途中、私の結婚式にも出席いただきスピーチも引き受けてくださった。正直言うと、スピーチの内容は最初の少しだけしか耳に入ってこなかった。後はその方が私などのためにスピーチしてくれているという風景がまるで夢を見ているようで、また、その方が少々健康を害されているのにそれを押してお話いただいているという状況に涙が出そうになるのを抑えるので精一杯だったのだ。
ある時、こんなこともあった。私は一大決心をしてご夫妻をおひょいさんのワインバーにご招待したのだ。妻と4人でテーブルに着き、私はビンテージワイン用のデカンタージュクレードル(ボトルを蝋燭で透かして澱を見ながらハンドルを回すとボトルがゆっくりゆっくりと傾きワインが注げる装置)というものをプレゼントさせていただいた。私は相応のワインを注文しようとしたのだけれど、その方は結局そのお店で最もリーズナブルなハウスワインの白と赤以外は頑として受け付けなかった。澱などあろうはずもないその真新しいボトルに、件の装置の出る幕もなかったのだが、その方はめいっぱい無理をしていた私にお気遣いなさったのだ。そういう方なのだ。ますます私は魅せられてしまうのだった。

来月、その方のお別れ会が旧華族会館「霞会館」で開かれる。そこへ行ったら、窓際のあの席で「ああ、古荘さんお久しぶりですね。」と静かで優しい声をきかせてくれる…今は、まだ、そんな気がしてしまうのだ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年4月20日火曜日

サービス料 ロオジエ

義母の70歳のお誕生祝いを銀座の三ツ星レストランでしました。生憎の雨の中、慌てて持ち出したよれよれの折りたたみの傘でレストランのエントランスへ。「すみません。こんな傘で・・・。」と濡れた傘を入り口で預けました。「いえ結構ですよ。」と恰幅の良い紳士はにこやかに受け取ってくれました。私がトイレに入っている間、そのすぐ外で紳士は義母への花束を持って待っていてくれました。義母と妻が先に着席しているフロアでは、お客の数よりも多いスタッフが仕事をしています。経験の浅いスタッフとよく知っているスタッフの動きや目線には明らかな違いがありますが、皆さん緊張感を持って仕事に集中しているのがわかります。私が義母に挨拶を済ませた頃を見計らって先の紳士が私に花束を渡すそのタイミングは完璧でした。料理のほうはジャックボリーさんにはまだ敵わないですが、私の頼んだフォアグラの料理は美味しかったので、マナー違反は承知の上で取り皿をいただきました。だって、そうそう来れる場所ではないですからね!私が取り分けるとフロアスタッフが義母にサーブしてくれました。さて、新任のシェフの実家がパティスリーだということも影響しているのでしょう、デザートには力が入っています。量は料理3、お菓子が7という印象です。お菓子が手を変え品を変え4回も登場したのではないでしょうか。食べ終わってみると、行った事はありませんがデザート食べ放題に行ったような具合でした。食事に満足し螺旋階段を下りると例の紳士が写真を撮ってくれました。ご自身で液晶画面を確認するともう一枚取り直してくれました。紳士にお礼を伝え、クロークへ。そこで渡されたのはまるで新品のように折りたたまれた私の傘。かえって恐縮してしまいました。このレストランのサービス料は12パーセントですがそれ以上のサービスを受けたと感じることができました。広告代理店はサービスに対してお金を頂戴する商売です。媒体料金の15パーセント~20パーセントが利益です。私もこころをこめたサービスでお客様に喜んでいただきたいと考えております。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2010年1月16日土曜日

生チョコ

(今回の材料です。)
(チョコレートを刻むのには日本の出刃包丁が最適ですね。)

(本当はもっと細かく刻みたいところです。 ボールに入れ、電子レンジの生もの解凍モードでほんのり暖めます。ここでは一気に溶かさないこと!)

(沸騰直前の生クリームを加えたらひたすら混ぜます。ここでよく解けないと出来上がりのガナッシュのなかに所々硬い部分が出来てしまいますよ。泡が入りますが気にしません。)

(寒天型に牛乳パックの紙を切った仕切りを入れて2種類のフレーバーを同時につくりました。)
(型に入れて2時間で切ってしまいました。本当は冷蔵庫で半日程度冷やしてからのほうが良いのですよ。)
(作り立てよりも2日後の方がしっとりねっとりとなって美味しいですよ。)

1月27日からまた今年もサロンデュショコラが開催されますね。事前のパンフレットの出来はいつもながら感心させられるクオリティーの高さ。しかし、例年、会場はそのイメージにはそぐわない催事場でした。さて、今年はいかがでしょうか。今年の私の注目はショコラトリードゥモナコとデルレイですね。後者のパッケージには本当に驚きました。いくらアントワープのブランドだからってねえ。

さて、家では庶民的に生チョコを作りました。材料は板チョコ4枚(ロッテのガーナ2、森永のミルクチョコレート1、ビターチョコレート1)、中沢のパントリークリーム(乳脂肪30%)100cc、バター(よつ葉有塩)幅3ミリスライス分、自家製果実酒(ソメイヨシノチェリー)大匙2、バーボン(アーリータイムス)大匙2、バンホーテンココア(まぶす)です。2種類のフレーバーの生チョコを作りました。「あ~素人だな。」と思われるようなレシピでしょう?

世界中のクーベルチュールを食べ身体を壊した私が辿り着いたのは日本の板チョコです。この上なく滑らかで安価でいつでも手に入るので好きです。ただし、高級な味はあまりしません。私の考える高級なチョコレート(カカオ)の味とは「酸味」です。初めて私が食べたクーベルチュールはフランスのヴァローナのグアナラでした。その時の印象は衝撃的なもので、ここから私のチョコレート探求が始まったのです。最終的にベネズエラはオクマレ谷のクリオロ品種単一のクーベルチュールを試すまでにいたりましたが、ここでドクターストップがかかりました。世界中のシェフが最後に辿り着くと言われる幻のカカオ、クリオロの特徴は長い余韻とそしてやはり酸味です。私はチョコレートが果実を発酵して出来た食べ物だと言うことに改めて気づかされました。しかし、この酸味、この価値を理解できるのですが果たして私の好みかというとそうではありませんでした。知らない味覚に出会って興奮し熱狂し耽溺し沈没したわけですが気づいたら自分の好みではなかったというわけです。食べ物は舌で味わうものであって頭で味わうものではありません。

私が一番美味しいと思えるショコラ(チョコレート)は、生チョコです。ボンボンショコラも色々食べました。私の本棚にはロバートリンクス氏によるメゾンデュショコラのレシピ集にもありますが、ジャンポールエヴァン氏もまた言うようにコーティングは薄ければ薄いほど美味しいのです。さて、だったらコーティングなど無いほうが良いわけです。鮮度の管理は?最適な温度は?はい、さらに自家製の生チョコでしたらその他様々な問題をクリアできます。コーティングが無い、作ってから4日残ったことは無し(作りたてよりも2日目以降が美味しいです)、冷蔵庫から出した直後でも美味しい(チョコレートは普通はある程度常温に戻してからのほうが美味しい)、フレーバーは自分の思い通りになる。さあ、あなたも生チョコをつくりませんか?一度食べたらもう高級ショコラへの羨望など、きっとどこかへ行ってしまいますよ。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光

2009年12月25日金曜日

ビーフシチューとゼリー寄せ

今夜はクリスマス。我が家ではご馳走第二夜です。自家製の料理やお菓子が並びました。

筋肉を煮込んだビーフシチュー。市販のシチューの素は使っていません。
野菜のゼリー寄せ。ベビーコーンの断面が花のようで可愛らしくできました。
清里マチスのチーズケーキ。パッケージから中身までカマンベールチーズのような姿が楽しい。味は真面目。

自家製の生チョコ。形は悪いが味は◎。
清里マチスといえば、以前いただいたこの黄金ロールもご紹介しましょう。まずは色が良いです。オレンジがかったスポンジに驚きます。クリームは生乳の香り高く、スポンジは卵黄の風味が濃厚。これだけ焼きこんでいる(焼き色が強く、表面が硬いです。)ロールケーキは珍しいと思います。清里マチスは最高品質の材料の持ち味をそのまま活かしたお菓子を作っていますよね。沖縄の手作りの塩のような印象。真面目に作ってます。味は自家製のお菓子といった感じで、安心感があります。

オフィスプロモ株式会社 代表取締役 古荘洋光